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優しくしてください



春夏秋冬。
暦が変わる度に驚きながら過ごしていた。
ああ、もう。そんな季節かと。

冬…どうしても思い出して、泣きそうになる。
春が来て。一つ年をとって、同い年になったな…なんて苦しくなって。
それから、ひと月経って。また、年上になられちゃったな…なんて打ちひしがれて。

会いたいなぁって。なんで会えないのかなぁ。
なんて、思って、思い出して。
こんな事をしていたら、どうしようもないほどの年月が過ぎていた。時間だけが進んでいた。

何度、季節を繰り返しても。ずっとずっと動けずにいる。未だにどこかで、期待している。
通りの向こうで、曲がり角で。ふとした信号待ちで。なんだったら、昔のようにウチの家の前で。
あの柔らかい香りが、優しい声が。俺の名前を呼んでくれるんじゃないかと。そう思って待っている。
あの笑顔が、また俺を見つめてくれるんじゃないかと。そんな事を思って生きている。

会いたいなぁ。それだけ、思って生きている。


◇

休みの日。散歩をする。
傍らには愛犬。もう年だから、たくさん可愛がってあげたい。足元で戯れる茶色い幸せ。
…もしこの愛犬が、旅立ってしまったら…何をして生きればいいかなぁ。
そんな事をぼんやり思いながら歩く、昼下がりの川辺。

職場から近いし。愛犬も、父を待つだけの母もいるし。と、惰性の実家暮らし。
仕事はそこそこの激務で、でも、処理できないほどでもなくて。やる事のない休日の方が正直そろそろ辛い。そんな日々。

昔のようにスピードが出ない愛犬の、その体と同じようにくたびれた首輪。
外すと嫌がるから、そのままにして十年。もう、ボロボロで見ていて切ない。正直、そろそろ俺にくれないか?そう妬んでいる思い出の首輪。

物思いに耽る。すると、風が抜けていく。
ざあっと強めの風。川の水面が揺れていく。
草の匂い。土の匂い。なんとなく感じる思い出の匂い。
目を閉じて思い出そうとする。ここで昔、味わったあの香り。ふわっと揺れる髪、笑顔。
ああ、だめだ。こんなところで泣いてどうする…。
何事も無かったように歩き出す。でも、傍らの相棒にはバレている。かわいそうにと云う目で俺を見ている。

澄まし顔の愛犬。出会った頃はあんなに威嚇していた癖に、離れる間際は仲良しで。
俺よりも多分、あの首筋を舐めている。あの唇も舐めている。
羨ましくて、拗ねて、俺もとキスしようとしたら、恥ずかしいと避けられた…あの季節は秋。
あれは高三の秋。まだまだ、幸せだった日々の事。

ため息をついていると一日が終わる。
特に何の用事もない毎日。ああ、そういえば来週末は都内に行くのか…。
高校時代の友人たちが婚約をする。律儀に未だに連絡をくれる。あの恋人たち。
あの二人を見ていると辛くなる。羨ましくなる、妬んでしまう。
でも、それでも。彼らと疎遠になれないのは、どこかで繋がれないかと、期待してしまうからなんだろう。
絶対に枯れる事なく湧く俺の愛情。それを受け止めてくれないあの人。
あの愛しい人を、どうか俺に見せてくれないか。そう、期待してしまうから、なんだろう。

たまの休日。もう、気づけば夜。寝床には季節外れのセーター。俺用と、愛犬用。
俺のは彼が、俺にくれたもの。愛犬用は、彼が袖を通したもの。
縮んだからと、糸を解いた母を恨んでいた。声には出せなかったけど、そのままにして欲しかった。

あのセーターを着た彼は可愛かった。本当に、本当に可愛いかった。
洗濯して縮めたセーターを持って、うちにプロポーズをしにきてくれた彼は、本当にカッコよかった。
ああ、俺はこの人と一緒になるんだ。一生、一緒になるんだ。そう感動した。

解いて愛犬用にリメイクされたセーターは、彼と会えなくなったのち、愛犬から奪った。
同情でもされているのか、セーターはくれた。でも首輪だけは死守された。随分と立派な皮を選んでくれた。
ボロくはなってもまだ使える、年季の入った首輪。俺の誕生日にもらった、彼からの初めてのプレゼント。

彼との思い出を枕元に眠りに着く。ああ、なんでだろうな。あんなに思い出に溢れた輝かしい日々なのに。思い出の品が圧倒的に不足している。
こんなものを抱えて眠るなんて、馬鹿げている。そうは思うのに、やめられない。

本当は、一番良いのは。この腕に彼を抱えて眠る事。それが叶わないからの代替品。
代替品にしてもお粗末過ぎるな…そう自嘲しながら、なんとか今日も体だけは休める…。
(彼は今、何をしているのだろうか…)
そんな事を無意識に思いながら。呼吸も出来ないほどの苦しみの中、せめて体は健やかに…。そう思い、眠りに入る。なんとか、どうにか…眠りにつく。

◇

「おいおい、井田…オレたちのこと見えてる?」

「井田くん、嬉しそうだねぇ…」

グラスの中のアルコール。ゆっくりと、回して。一度に煽る。
空のグラス。すかさず、注ぐ。彼のグラスにも…注いでおこう。

ごめん、電話…。と席を立った彼。窓の外で通話をする姿を眺める。襟足の短い後ろ姿。白いうなじがほんのりピンク。
彼も酔っているのだろう…。そりゃあそうだ。空になる前にボトルを注文して、杯が空かないようにしている。酔わせてやる。そう狙っている。

「井田…飲みすぎじゃね?お前の酔ってるとこ初めて見たわ。…って、聞いてねぇ」

「青木くんに会えて、嬉しいんだねぇ井田くん。…そうねぇ。私たちの事、見えてないねぇ」

白いうなじが、振り返り。可愛い顔を見せてくれる。心臓が跳ねる。跳ね続けている。
ごめんごめん。仕事のだった…と、離席を詫びる彼。下がる眉が、愛らしい。

赤い唇が飲み込むアルコール。いいなぁ。俺も彼に飲んでもらいたいなぁ…。そんな馬鹿な事を思いながら、グラスを煽る。

「井田…飲みすぎじゃないか?大丈夫か?」

真正面に彼の顔。きれいになったな。そう、口走りそう。
潤んだ目元が可愛くて、抱きしめそうで、また酒を煽る。こんなに飲んだ事はない。でも、飲みたいんだ。
今日がずっと続いてほしくて、ずっと、ここにいたくて。ずっとずっと隣で飲んでいたいんだ…。

「青木と一緒に飲めるから、初めて酒が美味しいよ」

素直な気持ちを告げると、ふうん。って言って彼もグラスを空ける。
尖らせた唇が濡れていて、触れたくなる。…なぁ、俺たち、キスしたよな。そんな事を確認したくなる。

飲みの席はいつも苦痛だった。飲む事自体は嫌いじゃない。酔っ払いが嫌いなんだ。
学生時代も今の職場も。酒席では、なぜか女が隣に座り、もたれかかってくる。暑くなったと、シャツのボタンを開けて、枝垂れかかってくる。
好意…それは感じる。でも、いらない。
これが、あの人ならば…と何度も重ねたけれど。残念ながら彼女たちが、彼になることはない。
だから、席を立つ。面倒ごとから離れる。
これだけ警戒していたのに、周りに嵌められて、二人きりになった時があった。…店員に任せて帰った。
後に酷いと言われた。その声すら無視をした。

グラスを煽り、ワインを喉奥に押し込む。俺に枝垂れかかってきたあの日の女。ようやく、気持ちが分かったよ。
意外に酒慣れしている青木。酔い潰すことができないのなら、自分が潰れてしまえ。と、飲み続けている。
優しい人だから、俺を介抱してくれないだろうか?それを期待して、飲み続ける…。
ああ、いや。それだけじゃないな。本当にただ、楽しくて飲んでいるのもある。
この酒宴がずっと終わらないでほしいって、そう思って、飲んでいる。

「じゃあ、また」

どこか遠くで友人たちの声、揺れる視界。鼻先をくすぐる、柔らかい髪。そこからふんわりと、あの大好きな香り。
「しっかり歩けよ…もう」と、優しい声。甘い匂い。狙い通りにしては、やり過ぎた。本当に足がおぼつかない。
重いだろうに、それでも肩を貸してくれる優しい人。
自分よりも薄い身体、それなのに遠慮せずにもたれかかる。
体が熱い。この人をどうにかしたいと、体が熱い。

「もう…参ったなぁ…終電無いし…はぁ…」

彼の甘いため息。やった。と笑う心の中の俺。下りの電車はもう終わった。
もっと素面だったら連れ込みたい先もあった。でもこの千鳥足。彼は渋々と自宅マンションまで連れて行ってくれる。
鞄を持つ手に力が入る。ここまでの道順。よし、ちゃんと覚えている。

どさり。
と、体が沈む。一面に白。彼のような清潔な白いシーツ。

ここで毎日、寝ているんだ…。そう思うと、たまらない気持ちになる。
そこに、俺を寝かせてくれた。つまり、俺もここで毎日彼と眠ることを許された?それでいいのだろうか。

「はい…水。吐き気…まではなさそうだな」

ベッドに沈んで堪能していた俺を、上から伺う美人がいる。口移しで飲ましてくれれば最高なのに…そう思いながら、体を起こして水を受け取る。

しゅるり。とネクタイを解いて、ソファーに座る彼。その仕草を見つめていたら、目があった。「お前、ずっと見過ぎ…」そう、言われた。

「井田を担いで汗かいたから、シャワー浴びてくる。井田は寝てていいから」

顔を赤らめて、部屋から出る青木。
かわいい…口に出そうになったので、水と一緒に飲み込む。少しずつ、醒めていく感じがする…。
部屋をぐるりと見渡す。センスの良い、片付けられた部屋…そういえば、初めて入った。
付き合っていた頃も、入ったことは無かった。これが青木の暮らす空間なんだ…。
そこに入れてくれたという事は…シャワーを浴びてくるという事は…そういう事でいいのだろう。

もう一度、ベッドに沈む。彼の香りがすごくする。枕を抱えて強くその香りを吸い込む。
彼の香りは陽の匂い。そこに彼だけが放つ甘い匂いが混ざる。
ああ、これだ。身体中が歓喜して、涙が出そうになる…。

彼の香りに包まれて、素直に感動だけしていれば良いものを。心の中の醒めた俺が余計な事を云う。

『お前が今抱えているのは枕。それなのに、おまえの頭の下にも枕…これって、なんでかな?』

『男の一人暮らしにしては、このベッド。大きいと思わないか?』

もう一度、部屋を見渡す。ベッドの向かいにあるクローゼット。これも一人暮らしにしては大きく無いか?
離席して外での通話。仕事相手にしては甘い顔をしていなかったか?

やめればいいのに、どんどん回路が回る。
ベッドサイドの引き出し…止めるべきなのに、勝手に開ける。
…本当にやめておけば良かった。
そこには、半分ほどに減ったローションと薄さが自慢のコンドーム。
…彼にこれを使う相手がいるという証拠品だった。


「えっ…井田?どした?」

ズカズカと、勝手に洗面所まで向かい、そのドアを勢いよく開け、浴室のドアもついでに開いた。
シャワーの湯気で曇る彼の体。初めて見る彼の裸。それを見て昂ぶる俺の体。奥歯を噛み締めて、射精感を逃す。

洗面所にも、どうしようもない証拠があった。二つ並んだ歯ブラシ。
ヘア剤も二種類。どちらも男物。ああ…合致させたくない解答がどんどん湧いてくる…。

「青木…これ…どういうことだ?」
「ばっか…なんで勝手に見るんだよ!」

持ってきたローションを青木に見せる。すると、顔を真っ赤にして俺の手から奪う。

「…本当は部屋にあげたくなかったけど、仕方ないから連れてきたのに…こういうのマナー違反だろ…」

全裸の青木が、ローションを持って、俺を上目遣いで見つめる。可愛い…でも、浮気はダメだ…。

「浮気…はダメだろ。マナー違反どころじゃない」
「え?浮気?そんなつもりはないし…まあ、確かに疑われるよな…」

うーん。と唸って赤い唇に手をやる青木。
その仕草がどうにも可愛くて、抱きしめる。

「うおっ!ちょっ。何!?井田、止まれって」
「浮気は許さない…青木…これはやり過ぎだ」

キス。しようと顔を近づけると、顎に手を置かれて離される。勘弁してほしい。
全裸でそんな艶かしい体を見せつけておいて、まだ抵抗するなんて。俺だって酔っ払い。手加減なんてできない…。

「やっ…井田のバカっ!そんな元気あるなら帰れよっ!んっ…」

両手を掴み、抵抗を阻止。そこに、キス…。久しぶりの、キス。ずっと、ずっとしたかったキス。

「やだっ…浮気になっちゃうから、やだ…。やめろって…」

いやいや。と、頭を振って逃げる青木。なのに、瞳は潤んでいて…。誘っている。そんな風にしか思えない。

「俺。恋人いるの!だから、井田とはこういう事できないの!俺は浮気したくないの!」

「別れていない!俺はまだ青木と別れていない!」

もう一度、キス。甘い。本当に甘い。抵抗されている気もするけれど、誘われている気もする。だって、唇から漏れる彼の声が、ひたすら甘い。
「んんっ…」って喘ぎ声が、色っぽい。こんな声、出すんだ。知らなかった。
もう、可愛いだけじゃないんだ。じゃあ、やっぱり離せない…。何が何でも離さない。

「んっ…井田っ…ダメだって。俺、恋人いるって言ってるじゃん…あっ…やだ、さわるなっ…」

自分の手が望むままに、触る。彼の体を。
抱きしめて、キスして、腰を掴んで…そのまま丸くて柔らかい尻を撫でる。甘い声がバスルームに籠る。
大好きな人が全裸で、俺に抱かれて、感じている。ならばそれはもう、恋人同士だろう。

「ずっと…ずっと、青木と会いたかった。ずっと…こうやってキスしたかった…」

彼の濡れた髪を耳にかける。綺麗だな。そう言ってキスをしたら、今まで他人を見るようだった彼の瞳に俺が映った。
恋人がいる?そんなの信じられない。信じたくない。絶対ダメだ。ありえない。この人はずっと、俺だけのだ。

「…井田。9年だぞ。恋人ぐらいいるに決まってるだろ」

唇を離されて、睨まれた。胸がえぐられる。また、彼との距離が開く。そんな感じがした。

「俺は…青木しか、いない。どれだけ時間が経っても、青木のことしか考えていない。…俺は認めていない。別れたなんて思っていない」

もう、離さない。そう決めてるから、その目を見つめ返す。

「…誰とも付き合ってない?本当に…9年間、一度も…?」

彼の瞳が揺れる。当たり前だ。俺の恋人は青木だけだ。
そう言うと、今度は彼の体が揺れた。力が抜けたのか、崩れ落ちそうになる白い体。抱き締めて受け止める。

「だから、今すぐ浮気をやめてほしい。青木が他のヤツと…気が狂いそうだ…」

狂いそう…ではない。もう、おかしくなってる。だってこんなのは裏切りだ。
俺のことを忘れたからって、許せることじゃない。青木の初めては全部俺が相手のはずだ。俺であるべきだ。
脳裏にチラつくベッドサイドのゴム。彼が手に持つローション。こんなのは嘘だ。ありえないんだ。

「青木…触っても…いいか?」

既に撫でまくっているのに、確認をする。大事なのは彼の意志。彼が俺を望んでくれることが大事…。
頼む、頷いてくれ。了承してくれ。そう懇願するように、唇目がけて口づけをしようと目を閉じた。

唇、彼の赤い唇。そこに触れる前に。嫌な音が鳴った。
チャイムの音。二人だけの世界、湯気で煙るバスルームにまで響く。他人の音。
慌てて洗面所に駆ける彼はまるで脱兎。そして俺は舌打ちをならす。

「彼氏だ!井田っ、悪い。クローゼット隠れて!ああ、靴!」

俺の意志などお構いなしに、でかいクローゼットに押し込められた。
濡れた彼を抱いていたから俺の服もびしょびしょ…。
この現状に呆然としていたら、靴まで投げ込まれて、あっという間に戸を閉められた…。なんだこれは…なんなんだ?これは。

ガチャリという音が、クローゼットの中まで聞こえて。それから絶望の時間が始まった。
おかえりなさいという青木の声。全部言う前に甘い喘ぎに変わった…。キス…されているのだろう。

「おかえり…んっ…今日、出張だったのに…どうしたの?ああっ…んんっ…」

青木の声が甘い。何を、されているんだ?青木…確か…服を着ていない…。

「ただいま。想太を驚かせたくて、タクシー飛ばしてきた…想太。シャワー浴びてたの?すごく、えろい…」

頭がおかしくなる。想太…名前で呼ばせている…。おかえり…?ただいま…?ダメだ。気が狂う。

「…長野からタクシー使ったの?もう…連絡くれればよかったのにっ…んっ…こんなところで、だめ…」

粘膜が擦れる音が響く。ぴちゃぴちゃと。青木の甘い声。さっきよりも、俺の時よりもずっとずっと甘い声。ああ、青木。お前、何してるんだよ…。

「今日、高校の友人と飲むって言ってたから…浮気してるんじゃないかと思って…想太、モテるから心配で帰ってきた…なのに、こんな格好で出迎えてくれるんて…帰ってきてよかった」

「あっ、もう…指、いれちゃ…やだぁ…」

「濡れた裸で、ローションまで持って…熱烈な歓迎で嬉しいよ…想太、愛してるよ…」

「んんっ…俺も…俺も好き…んっ…あいしてる」

頭を抱えた腕。そこに滴る涙。泣いている。自分が泣いているのがわかる。
あいしてる…ってなんだっけ?
…とぼけてみても、恋人たちの睦み事は加速する。どんどんこちらに…近づいてくる。

ドサリ。

青木がベッドに押し倒されている。
クローゼットの隙間から、見える。俺の恋人。なのに、彼は情事の真っ最中で…。
間男が青木に跨っていて…助けなきゃ…そう思うのに…。どうやら間男は俺の方らしくて…。

「…想太、今日もきれいだよ…大好き。愛してる…あいしてる…」

「んんっ…あっ…んっ…おっきいいっ…」

じゅぷぷぷぷっ

という卑猥な音。大好きな人の喘ぎ声。
近くで見たいと思って、扉を開けた。
ああ、青木だ。本当に青木が、抱かれている。男に。組み敷かれて、喘いでいる。…とても淫らに。

「……青木」

清潔な白いシーツ。そこでセックスをしている恋人たち。
恋人同士…ああ、そうか。そうなんだ。恋人同士は、セックスをするんだ。

「…井田」

青木と目が合う。青木の上に跨る男。そいつとも目が合う。
ああ、なんだこれは?

「井田…この人、俺の恋人。俺の大好きな人。ね、かっこいいだろ?」

青木がそう言うと、二人はキスをする。長く、舌を絡め合うような濃厚なキスを。

「…青木…俺、青木が好きだ」

「…うん。俺も井田が好き」

青木に跨る男は「想太、想太…」と夢中で青木の名前を呼んで、腰を振る。
その度に、俺を見つめる青木の瞳が色を含む。なんなんだこれは…鏡かな何かなのだろうか?

「浩介…んんっ…きもちいい…あっ…」

青木に跨る男は…俺だ。だらしなく顔を赤らめて、夢中で青木の中を穿っている。
あいしてる…と夢遊病のように口走って、夢中で青木の白い体を揺らしている。

「…青木、好きだ…大好きだ…離れたくなかった…ずっと一緒にいたかった…」

俺に組み敷かれて、抱かれている青木に近づく。色っぽい、すごく色っぽい。だめだ、こんなの我慢できない。

「…井田。好きだよ…ずっと一緒だよ…ねぇ…触って…一緒に気持ち良くなろ?」

そう言って、キスをくれる青木。かわいい。大好き。愛してる…。素直な感情だけがとめどなく湧く。
俺の涙を拭って、俺の首に腕を回して、俺に愛してると言ってくれる…。

「ねぇ、井田…大好きだよ。俺のはじめては、ぜんぶ井田だよ…。井田とだけだよ…」

ああ、好き…。好きで仕方がない。世界で一番大好きな人。なんでこんなに可愛いのだろう。
いつの間にか、バックで青木を突いていた俺が消えた。…浩介って名前で呼んでもらっていた。
羨ましい…どうせなら、あっち側で見たかった。

「青木…抱いていい?セックス、していい?」

「うん…大好き…井田、大好き」

キスをして、その先を急いだ。青木の滑らかな肌。堪能したい。
色々なところにキスをして、早く、この甘い体に挿入…してみたい。
早くしないと…早く、早くしないと…。


◇


「え?で…それで、キャンセルしちゃったの?」

俺の前には浴衣姿の青木。かわいい、かわいい。18歳の青木。

「ああ、朝起きて。すぐにキャンセルした。今日の新幹線のチケット」

ここは京都。以前も二人で泊まった旅館の別館。
今、季節は春。暦の上では春。でも気温としては冬。だって二月の末。寒いに決まってる。

「悪いと思ったけど、青木の分もキャンセルした。絶対に今日はここに泊まりたかった」

二次試験の為に、ここにきた。本当は今日の試験が終わったら帰るはずだった。
だから、朝一番にキャンセルしてやった。忌々しい新幹線の指定席を。

「いや…まぁ。別にいいんだけどよぉ…なんかよくわからない夢をまだ見てるし…でも、この前は、助けてくれて…ありがとな」

浴衣の合わせを握りながら、唇を尖がらせる仕草。
ああ、どうしようもなくかわいい。なんでこんなにも…と思うほどかわいい。本当に、あの時、青木を守れてよかった。心底、思う。

「いや、夢は終わりが最高だった。途中は死ぬかと思ったけど。最後はよかった。アラームさえならなければ…正直、すごく惜しい」

「井田さ…なんだかんだで、その9年後の設定…気に入ってない?おまけに…なんか、エッチな夢になってるし…」

青木にじとり。と睨まれる。そう…実は…気に入っている。なにせ、9年後の青木が…めちゃくちゃ色っぽい。美人で、エロくて、すごく、好き。
かわいい、かわいい18の青木。このままずっと離れずにぴったりくっついていれば、自動的にあの大人の色っぽい青木に会える…。
あの美人、全部俺だけのものになる。

「…青木、好きだ」

「え、いきなり…あ、ありがと…」

青木の顔が真っ赤になる。白い肌が赤く染まっていく、加速して首や胸元までも。
言わなきゃいけないって思ってた。好きになってくれてありがとう…。
それだけじゃなくて、俺が青木の事を好きだという事を。伝えたいって思っていた。

「お、おれも…井田が、好き…」

言って良かった…そう思った。言葉にするって、もしかしてすごく大事なのかもしれない。
だって、こんなに嬉しい。そして、恋人がすごくかわいい…。
あまりに愛らしくて、思わず肩を抱き寄せる。二つ並んだ布団の上、互いに浴衣姿で…真っ赤な顔の恋人に口付けをする。
ちゅ。というリップ音。堪らなくなって、厚い唇に舌を捻じ込んだ。おずおずと開いてくれる唇、その中の彼の舌、絡めて吸ってみた。

「んっ…ふうっ…」

夢の中なんかとは、比べ物にならない。甘い声は、想像以上で。リアルの破壊力に頭がおかしくなりそう…。
初めて、こんな深いキスをする。舌を絡めあって、吸って、また絡めて…。
気持ちよくて閉じていた瞼を少し持ち上げて、恋人の顔を見る。
ああ、すごく色っぽい。閉じた瞳、睫毛に雫。感じてくれている…それが伝わる。
もう、我慢なんてできない…。

浴衣の合わせに手を入れて、口付けを下ろしていく。
首筋、鎖骨…キスと一緒に視線も彼の体に合わせていく…白い肌。ずっと見たかった彼の裸。
よく見たくて、浴衣の胸元を開いていく…。ああ、胸…すごい…。同じ男の体のはずなのに…全然違う。すごく、エロい。

「あっ…んんっ…♡」

イってしまいそうなほど、エロい声が青木の口から漏れた。ピンク色の乳首、そこに指を触れたら、聞こえた甘い声。
…こんな身体していたなんて、こんな声を出すなんて…。
俺はまだ知らない事だらけだ…。青木の事、まだまだ、これから知る事だらけだ。

「ねぇ…井田…お願いが…んっ♡…あるんだけど…」

甘い声で、呼ばれる。ちょうど口に咥えようとするところだった。赤く色づく胸の突起を。

「ん?どうした?」

もう、止まれないので、舌を這わせた。ぷくりとした突起を舐めれば、あああっ♡と喘ぐ声。
下腹部の熱が上がる。これはもう、彼の中に放出しないと収まらない。

「んんっ…ねぇ…なまえ…呼んでいい?…んんっ…♡」

恋人の提案に歓喜して、思わず強く吸ってしまった。好きだという気持ちが、更に加速する。
こんなに、昂ぶってしまって大丈夫なのだろうか。こんなに夢中にさせて、彼は俺をどうしたいのだろうか?
これじゃあ優しくなんて、できない気がする。初めてなのに、止まらなくて、労ってやれない気がする。

「…想太、好きだ。好きだ。想太と、こうしたかった…ずっと、触りたかった」

顔を上げて、恋人の、想太の顔を覗く。蒸気した肌で、潤んだ瞳で、俺を見つめる恋人。俺の初恋の人。

「…こうすけ…俺も、浩介の事。大好き…」

名前を呼ばれる。それだけで、こんなに嬉しいなんて。
泣きそうに感激していると、唇に触れる甘い吐息。そして、柔らかい想太の唇。

「…初めてだから、やさしくして、ね」

俺の首に腕を絡めて、浴衣をはだけさせた想太が上目遣いで見つめてくる。
舐められて濡れたピンクの乳首は、ツンと上を向いていて…。白い肌は滑らかで艶かしくて…。
この体をこれから、抱いていいという赦しをもらえた事が、信じられないくらい…。
このきれいな子と、セックスをしていいなんて…本当に幸せ過ぎる。

ゆっくりと、布団に押し倒す。ようやくだ。ようやく、この体を、自由に見ることができる。触れることができる。キスできる。愛しあえる。
全部見せてほしくて、腰帯に手をかける。白い腿を擦り合わせて、羞恥を訴える彼を微笑ましく感じながら、その帯を解いていく…。

「浩介…つけるの、やっていい?」

甘い声で、うっとりとした瞳で俺を誘う想太。何の話だろう?そう、ぼんやりしていたら、想太が枕の下からポーチを出した。

「と、年上だし…俺も男だし…リードしたいし…これ、つけるの、練習したし…」

ポーチの中から取り出したのは、コンドームだった。夢の中で想太の部屋で見たやつと同じもの。薄さが自慢のやつ。
あの時はこれを見て頭に血が上った。今は、下半身に血が上る…。

「想太…うん。…ありがとう」

練習した…だと。可愛すぎる。エロ過ぎる。
カメラで撮りたい…それ位のレアシーンを凝視していたら、「横になって、目を閉じていて…はずかしいからっ…」と、呟かれた。
ああ、ダメだ。好きが溢れておかしくなる。爆発する。いや、爆発したらダメだ…。顔射…そんなアブノーマルなこと、まだダメだ。

「…おっきい…」

浴衣を捲られて、下着姿を見られた。そして、言われたこの一言。ああ、押し倒したい。
はやく、押し倒して、想太が呟いた大きいモノを、エロい体に捩じ込みたい。
そして、思う存分、気持ちよくなりたい。お互いに感じるところを何度も何度も、果てるまで刺激し合いたい。

ピリっと、フィルムを破る音。顔を手で覆っていたけれど、やっぱり見たくて、隙間から覗いてしまう。目があって、ダメ!と叱られる。

仕方なく瞳を閉じていると、下着を下ろされた感じがした。竿に指が触れた感じがした。
ああ、今、まさに。彼の白くて長い指が俺のモノを…。破裂させないように奥歯を噛み締めた。
見なくても分かる。彼に触れられて、恐ろしいほどに反り返って期待している。
恥ずかしい…でも、嬉しい。

竿に感じる、恋人の指。
どうにも堪らなくて、ずっと奥歯を噛み締めている。
…噛み締めている。噛み締め続けている。

彼の指…動かない。聞き覚えのある吐息。嫌な予感がして、また手の隙間から覗き見る。

…そうだ。彼は残酷な人だった。
勃起した俺を握りながら、想太はうつ伏せて寝息をたてていた。
自然と涙が流れる。…試験だったもんな…今日。でも、いくら何でも…。

「想太、想太…目を開けて、このままだと、一方的に襲うぞ…」

「んっ…ごめん。ねむくて…」

少し目覚めて、想太の手が俺のモノを強く握る。それだけで、イってしまいそうなほど…。
頼む、後生だ。ここでひとりにしないでくれ。一緒に、一緒にしたいんだ。

「想太…ごめん。俺、我慢できないから…」

キスをする。さっきのような深いやつ。お願い、起きて。そう、懇願するように。

「…ごめん…こーすけ…だいすき…また、はじめて、いっしょにやろう…ね」

それからは、もう。返事をしてくれなかった。何度も寝てる体を犯してやろうかと思った。
でも、初めては一緒に…なんていう、誓いだか呪いだか分からないような約束が過ぎって、どうにも踏みとどまってしまった。
仕方なく、はだけた浴衣から覗く白い肌を眺めて一人で慰めた。
腹が立つから、動画と静止画を撮った。すごく、すごく。エロい体。絶対に、朝には抱く。そう思って何度もヌいた。
真夜中、ずっと想太の寝顔を見ていたら、朝方は寝ぼけてしまった。

「ゆっくり眠れた?」

なんて、スッキリした顔で微笑む恋人。急いで抱きしめていたら、もう、チェックアウトの時間で…。

「時間は幾らでもあるから…俺たち、これからもずっと一緒だし…」

そう、言って慰めてくれた。帰りたくないと拗ねる俺の頭を撫でて「大好きだよ、浩介」と、キスをくれた。

東へ向かう、高速鉄道。三日前とは逆走する景色を眺めながら、手を握る。
恥ずかしいからと、ジャケットをかけた、二人の腕。その中で、ぎゅううっと。絶対に離さないって、手を握った。

優しい彼が、呟く。

「多分、大丈夫。一緒にまた来れると思う。一緒に、暮らせると思う。…だから、部屋探さなきゃな」

涙が出そうだった。優しい彼が、優しくしてくれて。俺の欲しいものを全てくれると、言ってくれる。喜びが溢れる。幸せだと、心が叫ぶ。

キス。まだ到着まで随分あるけれど。我慢できなくて、ジャケットに隠れてした。
彼も、そっと返してくれた。

離さない。離れたくないって、手を握る。ずっと一緒にいたくて、強く握る。
恥ずかしそうに、でも、確実に強い力で握り返される手。思い合っている。それが伝わる。

見つめあっていたら、彼が優しく囁いた。「浩介、幸せにするから、安心しろよ」と、可愛い顔で、世界で一番カッコ良く。

俺はもう、彼に溺れているから。強く手を握って、うん。と幸せいっぱいに返事した。


おわり




ご本人の中の夢的なものとはいえ、井田さんの平気で9年待っちゃうところがすごく狂気…。 おそろしい、子…。 →もどる