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やればできるこ
「…井田ってさ。橋下さんと、仲良いの?」
放課後の渡り廊下。
部室に向かうバレー部員に、帰宅部が声をかける。
彼等は同じクラス。席が前後。
それだけの関係。
「…まぁ、同じ委員会だし。仲が悪くはない…と思う」
井田の席の後ろの青木。
出席番号順でも大体、前後。
でも、それだけの関係。
「おまえさ。橋下さんのこと、どう思ってんの?」
「…なんで、青木はそんな事を俺に聞くんだ?」
もじもじと話をする青木に、訊ねる井田。
すると、青木は叫んだ。
「そりゃあ、好きだからに決まってんだろ!」
真っ赤だけど、真剣な顔。
本気なんだな。と思って。何もいえなくなる。
「とにかく!橋下さんのこと、好きじゃないなら、近づくなよ!」
吐き捨てるようにして、廊下を駆けていく青木。
残された井田は、なんとも言えない気分になって、暫くそこから動けなかった。
◇
「浩介、大丈夫か?今日ボーッとしてるな」
幼なじみが声をかける。
部活帰り。部員同士で駅まで向かっている。
「井田ー。もしかして、恋愛関係かー!?」
チームメイトに揶揄われる。
「ああ。今日、部活行く前に告白された」
いつもの精悍さが、少しぼんやり。
惚けたような井田がぼそり。という。
『…とうとうか…』
チームメイト達はため息をついた。
彼は今どきの流行りではない。
でも、普遍的な男前。
今は恋愛話に興味を示さないけれど、時が満ちれば、先を越される。
そうなるだろうな。と皆、わかっていた。
そうか、とうとう。告白されるようになったか。
「…俺のことが好きだから、委員会が同じ橋下さんと仲良くするなって言われた」
井田の話にどよめきがおきる。
「すげーな。付き合う前から独占欲強めだな」
「他の女と仲良くしないでほしいって、…かわいくね?」
「いや、重いだろ。で、井田はどーすんの?付き合うの?」
井田に対しての囲み取材。
そんな中、当人は相変わらずな感じで。
「…どうしたらいいのか。それを考えてる」
と、ぼんやり。
「まぁ、いきなりよく知らない子に好きと言われてもなぁ…で、その子、可愛いの?」
代表が一人、聞く。
コートで鍛えられたチームプレイ。
まさに発揮される。
「かわいい…?ああ、うん。…かわいい。すごく」
「くそー!じゃあ、もういいだろ!付き合っちゃえよ!!」
「…うーん。まだ相手の事よく知らないし…」
悩む様子の井田に、チームメイト達は驚愕する。井田が、恋の前で迷っている。
「でもさ。相手、可愛いんだろ?そんな悠長な事していると、他の奴に獲られるぞ」
「…それは嫌だな」
井田の目が、真剣になる。
でた、静かなる負けず嫌い。
「そっか。とうとう井田にも彼女ができるのかー!くそー!」
うらやましい!と笑うチームメイトに「いや、彼女はできないと思う」と井田の声。
でも、みんな各々の理想の彼女像で盛り上がり、誰も声を拾わない。
「お。噂をすれば橋下さんだ!」
清楚で隠れ巨乳と一部男子に評判の橋下さん。
その隣には…青木がいた。
「青木のヤツ、わかりやすいよなー」
「まぁ、かわいいもんなー橋下さん」
悶々とした気持ちを部活で解消する健全な運動部員たちは、帰宅部男子が妬ましい。
女子と放課後、一緒に帰宅なんて。うらやましい。
「おーい青木!!」
そんな中、井田が青木に声をかける。
いや、確かに邪魔してやりたいけど。本当に邪魔するなんて…。
青木が露骨に嫌な顔をする。橋下さんは「あ、井田くん」なんて暢気。
青木、多分。脈ないんだろうなぁ。
部員たちはそう思いつつ、井田が青木の元に駆けるので、ついていく。
「…なんだよ井田」
不満が、顔と声と態度に、派手に表れている。
青木、不憫な…そう思い、見守る部員たち。
「さっきの話なんだけどさ」
「おい、やめろよ。ここで言うなよ。俺が小さい男だと橋下さんに思われ…」
「青木、つきあおう」
「…はい?」
これは、すごいぞ。と部員たちは顔を見合わせる。
井田に告白した子…青木だったのか…。
え?でも。青木ってどう見ても…。
「さっきの告白。嬉しかった。
今はまだ青木の方が、俺を好きなんだろうけど。青木の事、俺の方が好きになれると思う」
「きゃー♡青木君、おめでとう♡」
「え?橋下さん…」
おっと。青木の顔から血の気が引いていく。
だよな。青木、橋下さんの事…。
「橋下さん。悪いんだけど青木が嫉妬するから、委員会行く時も別にする。
橋下さんに近づくなって言われたんだ。…青木に」
「いや…ちが…」
「そっかぁ♡ごめんね青木君。気づかなくって♡
同じクラスだから一緒に行動しているだけで、私、井田君のこと全く好きじゃないから安心して♡」
橋下さんも結構ひどいことを言っている。
というか、大事故が起きている。
こんな事故現場に立ち合えるなんて、青春ってすごい。
「じゃあ、一緒に帰るか。青木」
「いや、お前。何言って…俺はせっかく、橋下さんと…」
井田が青木の腰に手を回して、拉致って行く。
「ふたりともおめでとー♡」
手を振る橋下さん。
嬉しそうな井田と、涙目の青木。
すごい…。大物になりそうだと思っていたけど、やっぱり井田は規格外。
「豊田、あれ。いいの?」
真っ当な部類の部員が、訊く。
「えー。オレじゃあ。もう、どうにもできないでしょ」
青木も男だし、本当にヤバくなったら逃げるでしょう。
そう思って、皆。帰路に就いた。
◇
次の日。部員たちは昼休みに皆で集まって、7組の教室を覗いた。
ちょうど井田が教室から出てくるところだった。
「どうした?皆で集まって」
井田が不思議そうな顔をする。
なまじ美形なものだから、破天荒過ぎることをされると、人間味が薄れる。
同じ部活で汗を流したチームメイトなのに、なんだか底が見えなくて怖い気もする。
「昨日、あのあと。青木とどうなったかなー?って」
代表が一人、訊く。囲み取材とは記者が集団で襲うものだが、
こんなに人数がいるのに、勝てそうな気がしない。
「どうって…まぁ。その無事に恋人同士になったから。
これからは青木と屋上で昼をたべるから…」
そういって井田は顔を赤らめた。
えー?これって、青木は大丈夫なの??
皆、心配になり。青木を探す。
購買に行っていたのだろうか。ビニール袋を持った青木が廊下にいた。
「青木っ!お前無事だったか?」
自分よりも背の高い男たちに囲まれて、青木は子ウサギみたいにびくっとした。
…あれ?青木って。こんな感じだっけ?
「なんだよお前ら…無事って」
「井田が青木と付き合うことになったって言ってるけど、合意の上なのか??」
囲み取材の中、代表が訊く。
青木は顔を真っ赤にして、「そんなわけないだろ!!」と怒るのだが…。
「ほら、青木。行こう」
手を握ってきた井田に、青木は抵抗もせずについていく。
俯きながら、恥ずかしそうに。
「豊田…青木の首にいっぱいあった赤いやつって…」
「俺は彼女と健全な付き合いをしているから、知らん!」
恋愛のスタートライン。一昨日まではそこに立つこともなかった井田。
それなのに。たった一日で、世界新を出して金メダルを獲ったよう。
やっぱ、あいつすげーな。部員たちはため息をつくだけであった。
終
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