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すーぱーさいけでりっく・ユートピア




『おい大学生。お前9月、暇だろ。こっちにいて俺の練習台になれ』

久しぶりの実家。久しぶりの自室。久しぶりの自分のベッドで横になっていたら、入ってきたメッセージ。
それは、都内で独り暮らしの親友からのメッセージだった。


9月…。まぁ、確かに休みだけれど。
今は7月末。混雑を避けて盆前に帰省した。色々と顔を出して…明後日には帰る。
そう、恋人と約束していた。

『なんの練習よ?俺、明後日にはあっち戻るんだけど』

返信する。すると、ブルッと直ぐに返事。

『オレんとこに住まわせてやるから、いいから予定あけとけ』

決定事項の様子。何の練習なのか?その返事はないまま、予定を埋められた。
うーん。まぁ仕方がないか。恋人の反応がちょっとめんどくさそうだけれど、あっくんがこんなに俺を頼るなんて滅多にない。
しゃーない。仕方がない。


「それって…9月末まで、あっちに帰らないのか?」

「いやぁ、そこなんだよな。帰って、またこっちに来るのも交通費かかるし…」

翌日、恋人と朝から待ち合わせ。
そう言えば都心でデート…したことないな。と待ち合わせした。
普段一緒に暮らしているので、久しぶりの待ち合わせにドキドキした。
待ち合わせ場所で待っていた俺の彼氏、やっぱりかっこいい。

学生らしく、博物館エリアに向かう。
展示会のチケットを買っておいてなんだが、近隣施設のパンダも少し気になる。
あそこ、確かキリンもいる。…でっかい動物って不思議だよなぁ。

「特別展見終わったら、動物園も行くか?」

俺の視線を察した恋人が、誘ってくれる。
ああ、大好き。抱きつきたいのを我慢して、ありがと。と返事する。

夏、水色の電車。平日のラッシュ過ぎ、意外と空いている車内。
高校時代も待ち合わせして、一緒に登校した。下校した。
今は、二人暮らし。キャンパスまでは徒歩と自転車。
都心へ向かう電車の中、隣同士で座って話をしているのが…なんだか、くすぐったい感じ。

「俺…あっちに…早く帰りたいんだけど…」

隣の恋人がぽつりと言う。
うん。わかる。俺も気持ちは一緒。
実家は上げ膳据え膳。定時に食事がでる。掃除も洗濯もしなくていい。
まるで楽園。今まで受けていた恩恵に、今更感謝。母さん、ありがとう。

「まだ2日しか経ってないのに…な」

そう言って、俺を見つめてくる恋人。
熱っぽい目にドキドキする。うんうん。わかる。実家は楽園。でも…いない。
浩介が、ベッドに。隣にいない…。朝、目覚めてのすごい違和感。
つーか、そろそろ…。

「あのさ…そろそろ…」

どこかに泊りにいかないか?そう耳打ちした。
恋人の顔が赤くなる。声にも出さずに頷く姿。
きゅんっと胸が疼く。俺の彼氏、やっぱり。かわいい。


◇


「なーんかスッキリした顔してやがるな。お前ら」

じとり。と睨む親友。久しぶりの親友。
都心。あっくんの学校の近くのカフェで待ち合わせ。
待ち合わせ場所、近いし…と、ホテルから直行した。
二人して、目が泳ぐ。だって、仕方がない。俺たち…恋人同士だし。

昨日は化石見て、パンダ見て、キリンを見た。
サイも見たし、モルモットも抱っこした。
夜は夕飯もそこそこに、ホテルに行ってしまった。

でっかい泡風呂で、ちょっとやらしい遊びをした。
ソファーで、ベッドで。すごく仲良くした。いっぱいキスしてしまったので、少し唇が腫れている。
俺も、浩介も…。

「まぁ、ぶっちゃけ。うちの学校の学祭の手伝いしてほしいわけ。俺、才能すごいからさ。単独ステージでるのよ」

グァバジュース。そんなものを啜りながら、あっくんが言う。
おまえ、そんなオシャレなもの飲むようになったのか…!
都会に染まっていく親友に、少しさびしさ…。
あれ?それで。結局、手伝いって何をするの?

「ステージでカットして、メイクして。そんでもってランウェイを歩くんだよ。去年の動画送ったろ?見てないのか?」

動画は見たけれど…。なんというか。あんまりピンとこなかった。
というか、圧倒的に説明が足りない。で、俺はその中で何をするんだ?

「青木、お前理解力足りな過ぎ。お前は、モデルやるんだよ。俺に髪切られて、メイクされて、ステージの真ん中歩いて。ターンして帰って来るの!それだけの簡単なお仕事ですぅ」

「だめだ!!」

俺が返事をする前に、隣でアイスコーヒーを飲む彼氏が断る。
俺の親友を睨む恋人。あ…これ、あれですよね。

「ああー。もう!だから、井田は連れてくるなって言ったろ!なんだよこの独占欲お化け!」

…ですよね。俺の彼氏って…俺の事好き過ぎだからさ…。へへ。

「つーかさ。なんで俺なの?それこそ橋下さんにお願いすればいいじゃん」

「美緒ちゃん、目立つこと嫌いだろ。それに…俺、今後は男性モデルを専門にやりたいんだよ」

「へぇ。そうなんだ。美容って、女性の方が需要あるかと思ってた」

ふーん。と自分のレモンティーを飲む。すると、ため息をついてあっくんが言う。

「女子相手の仕事だと、うちの嫉妬大魔神が拗ねるんだよ…だから。仕方ねーだろ」

…ああ、なるほどね。顔を少し赤らめて、親友がため息。
なんだかんだで、この二人もとっても仲良し。まぁ、そう言う事なら…仕方ないんじゃないの。
俺ができること、やるしかないんじゃないの。

「なぁ浩介…あっくんの頼みだし、俺としてはやってあげたいんだけど…どうかな?」

独占欲お化けに上目遣い。お化け全般、俺は全部弱い。でも、このお化けだけには…。

「……想太が…そこまで言うなら」

ありがと。と笑うと、ため息するうちのお化け。
ああ、かわいいなぁ。うちのお化け。ああ、大好き。


◇


「もっと曲がるでしょ!もっともっと!曲げなさい!!」

「いたいっ!!いたいいいいっ!!」

足を開いて、体を前屈させられる。
床にべったり、おでこがつくようにと。曲げさせられる。

「あんた!そんなんじゃ、たしいた体位できてないでしょ!彼氏に棄てられるわよ!」

身長165cmとプラス30cm。
そう蛍光ピンクの唇で自己紹介してくれた。オネエサン。彼…彼女に、体を曲げられる。
うちの彼氏よりも大きい掌。それでぐいぐいと押し潰される。

…なぜ、こんなことに…。
そうも思うが、今はそんな思考の逃避をしている場合じゃない。
痛い。無理。これ以上、曲がんない。

「ちょっと顔がかわいいからって、努力もしないで彼氏に甘えていると、棄てられるわよ!いや、棄てられろ!」

彼…彼女はとびきり俺に厳しい。
ウォーキングレッスン。体躯の柔軟性は、基礎の基礎!そう、言われてここにいる。
気付けば、毎日。ここにきている。

「うう…もう…本当に痛いです…」

「クソ!マジで顔だけは可愛いな!」

勘弁してほしいと、オネエサンを見たら、低い声で怒られた。
なんだかんだで、結局みんな優しい。良くわからないけれど、皆、優しい。
柔軟で苦しむ俺の姿、パシャりと写真を撮って、オネエサンがため息。
クソ、その顔よこせ!そうなじられて始まるレッスン。

親友との久しぶりの逢瀬。カフェを出た後は、独占欲お化けと共に、あっくんの通う学校に行ってみた。
近代的なおしゃれ校舎。うちの学校とは全然違う…。
そして、さすがのあっくん。あっという間に派手な格好の同級生がわんさか寄ってきた。

「写真を撮らせてほしいの…」

校舎内のテラスで。そう、ちょっと雰囲気の違うご婦人に声をかけられた。
うちの祖母と同じくらい。でも、独特の雰囲気。
そのご婦人に手を握られて、写真を…とせがまれた。

別に写真くらい…。そう思っていたら、でかい部屋に連れて行かれた。
浩介もあっくんも強制同行。
そこには、独特の装いの人がたくさんいた。
小声で、あっくんが教えてくれた。全員、うちの学校の偉い人。って。
ご婦人…理事長さんだった。

よくよく話を聞くと、昔大好きだった女性歌劇団の男役スターにそっくりらしい。俺。
若い頃はそこまでお金が無くて、注ぎ込めなかった金と情熱を受け止めてほしい。
そう、言われた。

流石に、これは面倒だと。そう思っていたのに。
あっくんが俺の頭を掴んで、下げさせた。
「いいっすね!それ!最高っすね!」
そんな事を言いながら。

あなたさえ望めば幾らでも…と。なぜか芸能の道を推された。
いやいや、俺。やりたい研究あるし!京都帰るし!って学校名出したら、更に食いつかれた。
だから、いやだってば。そう何度も返事した。

そこにいたのがオネエサン。芸能界にも強い、すごい人らしい。
年齢いくつだろ…そんな野暮なことは聞かないが、うちの親ぐらい…そんな感じがする。
オネエサンは俺よりも浩介に興味があって。アタシと一緒にてっぺん目指さない?って、ナンパした。

目の前で恋人を口説かれて、もちろん黙ってなんていられない。
俺の彼氏に手を出すな!そう、男前に叫んだら。なんだか視線が痛かった。
ここは東京。個性の都。
独特な雰囲気の中で、気が緩んでしまったらしい。
あっくんは呆れ顔。恋人は赤ら顔。

まぁ、仕方がないか…。と、それからは大人たちのなすがまま。



写真撮るだけなのに…なぜ。
そう文句を言ったら、オネエサンに怒られたことがあった。
オネエサンは理事長の写真のためじゃなく、あっくんのステージの支援をしてくれていた。
学生とはいえ、ステージはステージ。ずぶの素人がバイト感覚で歩くんじゃないわよ!そう怒られた。
オネエサン。芸能関係のすごい人。…なのにずぶの素人相手に毎朝2時間レッスンをしてくれる。
…あっくんのため…そうじゃなければ、とっとと京都に帰ってる。

なんでここまで…というほど、理事長さんは俺に良くしてくれた。
夏休みの間だけでいいから、居てほしいと。
学校近くの、超都心のマンションの一室を用意してくれた。
もちろん、彼氏と一緒にと。

生活費、諸々だしてくれた。なので8月、9月と。こんな都心で、すごいマンションで恋人と二人暮らし。
窓から拡がる夜景、風呂場はガラス張り。そりゃあ、まぁ。テンションは上がる。

「大丈夫か?想太」

「…ふくらはぎ、攣りそう…」

ようやくの昼休憩。午前中、あっくんの学校でバイトっぽいことをした浩介と合流。
バイト…にすると、税金関係が大変だからと、ボランティア扱いらしい。
それで、謎の現金支給。理事長は井田家にも、うちの親にも大人同士で話をつけてくれた。
俺たちのような19、18歳は、大人の新人として、先輩方に従う。それだけ。

「浩介は今日、どうだった?」

「ああ、今まで関わりのない分野だから、すごく面白い」

ここは就職するための学校。資格取得や、即戦力として勤めるために、どんな事を学生に伝えるのか。
それを講師にくっついて、学んでるらしい。教育学。奥深し…そんなことを彼氏は呟く。

「おれもさぁー。染料とかそう言うのは楽しいのよ…」

オネエサンのレッスンが終わり、あっくんのヘアメイクの練習台になったり、服をとっかえひっかえ着させられる合間の時間。
染髪やパーマ仕組みとかを教えてもらっている。この辺りは、すごく面白い。

「いやなら、やめてもいいんだぞ…」

恋人が、心配そうに…いや。嬉しそうに言ってくる。
浩介は、俺がこういう派手なことをするのを良く思っていない。
芸能人…なりたいか?と何度も聞かれた。いや、なりたくないです。何度も答えた。

「まぁ…一度やると決めたし…少し愚痴っただけだから。ちゃんと最後までやるよ」

そう答えると、つまらなさそう。
まぁ、俺だって浩介がこんなことしていたら、面白くはないだろうよ。


「おいおい、こんなところでイチャイチャすんなよ」

恋人と見つめ合っていたら、あっくんの冷めた声。
彼も夏休み中。でも、先生に教えてもらうために毎日学校にきている。
本当に優秀らしくて、今度の学祭で評価されれば、来年は海外留学できるらしい。
だから、今まで見た事が無い位、本気だ。

「今日は午後から、撮影だから。あんまり食いすぎて気持ち悪くなんないようにな」

あっくんに釘を刺される。おおう!と返事して、やたらオシャレなカレーをほおばる。
あっくん。本気なんだよ。だから、俺も…本気になるしかない。
親友の夢の実現。そりゃあ、頑張るしかないっしょ。

「俺も見学していいか?」

今まで黙っていた恋人が口を開く。
あっくんはいいぞーと。軽い。

「浩介がくると、オネエサンのテンションがめんどうなんだよなぁ…」

さっきまで一緒にいた師を思い出す。優しいんだけど厳しい。
あと、すごくイケメンが好き。そして、めっちゃ乙女。
ニキビ作ったら殺す!そう言われて、高そうな化粧品をくれた。
使い方分からなくてサボっていたら、ばれた。
肌ケア覚える気ないんなら、アンタたちの部屋にワタシも寝泊まりするわよ!
そう脅されて、今は頑張っている。だって俺の浩介…オネエサンに何されるかわからない。

「想太のかっこいいところ、俺もみたい」

そう、にっこり笑う恋人。大好きな人にそんなこと言われたら、舞い上がってしまう。
かっこいい?そう?じゃあ、仕方ないな!
そう返事したら、あっくんにチョロすぎ。となじられる。

食後はあっくんのヘアメイクの練習台になって、それから写真撮影。
ヘアメイクの過程がショーになるから、あっくんはモデルみたいな格好をする。
アーティストが作品を仕上げて、その作品がモデルとなる。
そう言う事らしい。ようやく最近になって概要がわかった。

俺は今まで、あっくんは彼のおばあちゃんみたいな、町の理美容師になるんだと思っていた。
アーティスト…そういうものになるんだ。
橋下さんが心配する気持ちがわかる。
彼氏があまりにかっこいいと…心配するよな。
でも、それでも。かっこいいって嬉しいよな。


「なぁーんで、お前が俺の写真撮るんだよ」

テカテカの黒いサテンのシャツを着たあっくん。
友人の贔屓目でみても、なかなか様になっている。
もちろん写真の送付先は橋下さん。
ラインで送ると、すぐに既読とハートのスタンプがつく。

窓ひとつなく、照明で暑く明るいスタジオ。
撮影というのは待ち時間が長いようで、やることない時はこうやって遊んでる。

でも、今日は浩介が居る。
あっくんに怒られると面倒なので、スタジオの壁にもたれかかる恋人のところに逃げる。

「浩介、つまんなくないか?」

「ん?いや。楽しいぞ」

そういって、俺の頬を撫でてくれる。微笑んでくれる。
ああ、はやく帰ってイチャイチャしたい…。

「初めて、想太がモデルやってるところ見れて…うん。楽しい」

「そ…そうか。それなら…いいけどっ」

微笑む彼氏に弱い俺。だって、かっこいい。
彼氏にいいとこ見せたいけど、彼氏のかっこよさにクラクラするのはいつも俺。
Tシャツにジーンズ。それだけなのに、かっこいい。
ああ、抱き着きたい。キスしたい。ああ、もう本当に大好き。

「おーい。始めるぞー」

照明の中にいるあっくんに呼ばれる。
ああ、いけね。ちゃんとしなきゃ。
あっくん、マジなんだから。俺もね。まぁ、がんばりますよ。



…あっくんはすごい。
ずぶの素人の俺、その俺に、適切な声かけ。
小声で指示される、それに従う。それだけで、すごいことになる。

カメラが三台。様々な角度から撮られている。
髪弄られて、おっきいブラシで顔をはたかれて、パレットの極彩色を塗られて、
キラキラのグリッター。そんなものが降ってきて…。

あっくんと目を合わせて、それから立って、歩く。
あっくんの元に戻って、二人で手をつなぐ。

それだけなのに。撮った映像を見ると、自分じゃないみたいだった。
あっくん…確かに才能あるんだろうなぁ。

スタジオの一番いい席。そこにふかふかの椅子。その椅子に腰かける理事長が俺を褒めてくれる。
すごいのは全部あっくん。それなのに。
きゃっきゃっ♡って、女子高生みたいに褒めてくれる。
ちょっと照れる。

「青木、次写真撮影だってさ。メイク直すからこっち」

真剣モードのあっくんに声をかけられる。おう!って言って、声の方に行く。
ここからは、理事長さんご希望の写真集の撮影。
ただの男子大学生。そんな俺の写真集をご所望の理事長さん。
まぁ、色々良くしてもらってるし。頑張るしかない。


「んん??あれっ?オネエサン??」

撮影するよ。と呼ばれた先にはイケメンが居た。
背の高い、まさにモデル。彫刻みたいな筋肉を惜しみなく出した上半身裸のイケメン。
でも、よく見ると知ってる人だった。

「ナニよ?アタシ相手じゃ不満なの?仕方ないでしょ理事長がね。絡み欲しいんですって」

むっとした後、すぐにため息。
オネエサン相手なら緊張しないだろうからいいけど…絡みってなんだろ?

「少し体触るけど、声出したらダメよ。撮影中だからね」

「はい!かしこまり!」

ラーメン屋じゃないんだから!と額を小突かれる。
そして、カメラマンさんに言われるままに、撮影が始まる。
基本は、こっち見てとかあっち見てとか。そんな感じ。

「んっ!」

だから声出しちゃダメ。そうオネエサンに小声で怒られる。
いや、だって胸触られた。
素肌にグレーの光沢のジャケット。それを着ている。
今までは後ろで、肩に手を置いていただけなのに。ジャケットの中に手を入れられて、そして胸にあたった。
俺、そこ。敏感なんですよ。なぜなら、彼氏がね…。
なーんてのろけてしまいそう。いやいや、撮影中。ガマン我慢…。

そう思って、気持ちを立て直そうと。そうしようとしていた。
それなのに、立て直す…それどころじゃなくなった。

「想太から離れろ」

オネエサンの手が、彼氏に握られていた。
あ、いいな。オネエサン。浩介に手を握られて、いいな。

そんな脳みそ花畑の俺を、あっくんがため息ついて見ていた。
オネエサンは、びっくりして固まっていた。
照明さん、カメラさん。アシスタントさん。その他諸々。みんな固まっていた。

「やーんエモーい♡」

理事長だけは、乙女だった。



◇


「よぉ。入っていいか?」

「ああ」

どうせ、うちじゃないしな…。そう思いながら、恋人の友人を招く。
広い大理石の玄関。そこで靴を脱ぐ姿を眺める。

「くそー俺より全然いい部屋に住みやがって!俺もここに住むー!」

「なら、俺は想太を連れて京都に帰る」

「冗談に決まってんだろー!」

恋人の高校時代の友人。相多は大きな荷物を玄関先によいしょと置き、ズカズカと室内に入る。
大きな黒い鞄。その中には人間の頭部が入っている。まぁ、練習用のマネキンだけど。

「うわー。まじでいい部屋。こんなところ住みたいわー。夢あるわー」

室内をきょろきょろしながら、相多が言う。そしてソファーにドガッと座り、俺が出した麦茶を啜る。

「そうか?掃除大変だぞ。あと、家賃聞いてびっくりした」

想太の事を気に入った…というか、恋する乙女の美容師専門学校の理事長。
その人に、ここの部屋代も生活費も、全部出してもらっている。
貴重な想太の夏を占領してるんだから当然。でも、値段を聞いて流石に驚いた。
月の家賃というよりは頭金。そんな値段だ。

「想太は?まだかかるのか?」

「ああ、先生に追加レッスン受けてる。あれ、お前のせいでもあるからな」

なんでだ?そう聞くと、めんどくさそうに相多が喋る。
とうとう始まった理事長の趣味全開の写真集撮影。
シャツのはだけた姿を撮ろうとしたら、想太の体は小さな赤痣だらけ。
キスマーク。体のあちこちにあって、コンシーラーで追いつかない。
それで、撮影ができなかった。と。

「なんで、シャツをはだけさせる必要があるんだ!」

「そこじゃねーだろ!反省しろよ!」

なんでだ?そう聞くと、さらにめんどくさそうに相多が喋る。

「モデルやるっていってんのに、なんで体中にキスマークつけてんだよ!自覚ねーだろ!あいつもおまえも!」

恋人の友人に怒られた。珍しく剣幕なので少し驚く。
あたまをガシガシ掻いて、相多がため息。

「今回の事はさ。…俺につき合わせて悪いなって思うけどさ、でもさアイツ。すげーんだよ」

急に真面目。相多の話…。多分これは耳が痛い話。

「文化祭の時も思ったけどさ、あいつ舞台映えするじゃん。向いてると思うよ、こういうの」

…それは。分かっている。
想太はかわいい。すごくかわいい。
高校の文化祭のペラペラの衣装。あんなものだって、似合っていた。すごく美人だった。
あの頃は、まだ。付き合ってなかったから…。想太の写真を撮るなとか、そんなことは周りに言えなかった。
あの頃はまだ、俺だけの想太じゃなかったから…。

「そりゃあ厳しい世界だから、どうなるのかはわからないけどさ。青木ならイケると思う、だから一緒に目指そうって言ったんだけどな」

心よりも先に、体がピクリと反応する。相多にそんなこと言われたのか想太。そんな話…聞いてない。

「井田が嫌がるしって、笑って返されたよ。初めてお前の事、邪魔だと思った」

相多が俺を睨む。すまん…。そうしか返せない。

「想太が…どうしても、やりたいって言うなら…検討はする…」

「おいおい、検討だけかよ…」

検討…しても返事は否だろう。
…だって、ダメだ。皆に想太を知られたくない。俺の想太。本当は誰にも見せたくない。
誰かに写真を撮られるもの嫌だし、その写真を誰かが持っているのも嫌だ。ましてや肌を見せる写真なんてありえない。
俳優になる?…キスシーンやベッドシーン。考えただけでも吐き気がする。

「独占欲お化けさんさぁ…青木、頑張ってるよ。お前も撮影、見に来たら?」

そうだな…。そう返事をするのがやっと。
向いてる…。なんとなくそれは分かる。でも、でも。想太にそんな道に行ってほしくない。
独占欲…俺のこれがそれだということは分かる。
でも、だからといってこれを棄てられない。棄てたくても、ずっとくっついてくる。
想太が好きだと思うと同時に、湧いてくる。
想太は俺だけのものだ。その感情を消すことなんてできない。

煌びやかな世界。華やかな世界。
綺麗な想太には似合うだろう。俺と暮らす古い学生アパート。
そんな萎びれたところよりも、こんなキラキラしたマンション。そんな暮らしが似合うだろう。

マンションの高層階。そこから窓の外を見る。
相多は帰り、いつの間にか月が高い。
どこまでも続くスパンコールの様な夜景。
綺麗だな…とは思う。でも、俺の綺麗の一番は想太だけ。

彼を離せない。想太だけは離せない。
煌びやかなマンション。都会の便利な暮らし。
こんな暮らしを彼が望むなら、俺が頑張って稼ぐから。
彼の瞬きを切って売るような、そんな仕事は許してほしい。
俺だけにしか、見せないで…そう、思ってしまうから。
やっぱり、こんなことはこの夏だけにしてほしい。


相多に誘われた、想太の撮影。
想太の髪を、肌を触る姿に嫉妬した。
でも、なんとか耐えた。

裸の大男。艶めかしい想太の肌に触った。
我慢できなかった。
撮影中。そんな事は分かってる。
でも、恋人が…。俺の大事な人が他の男に胸を触られている。
それを見て、黙ってなんかいられない。
大男の腕を掴んで止めた。
空気が凍った。でも、だから何だというのだ。本当はそのまま連れ帰ろうと思った。
京都に。二人暮らしの、あの部屋に。

「井田くんが相手役をやればいいじゃなぁーい♡」

理事長の鶴の一声。それで俺まで相多に髪を弄られている。顔に何かを塗られている。

「メインは想太だろ?俺がここまでする必要、あるか?」

「いや、お前も映るし…つーか、そんなもんだよ。雰囲気作りってわかる?」

面倒くさそうに尋ねたら、更に面倒そうに答えられた。
ふーん。と思っていたが、撮影が始まってみて分かった。
なるほど、雰囲気作りって大事だ。

想太の目がとろんとしている。俺の事が好きと、想太の瞳が訴える。
嬉しくて、キスしたくて、押し倒すとシャッター音。
煩わしい気もするけれど…すごく美人な想太。それに脳が集中して、現状認識がよくできない。
焚かれるフラッシュ。瞬間を切り取るシャッター音。よくわからないトランス状態。

セックス…一歩手前のところ。そこでなんとか踏みとどまった。
想太の赤い唇。それを見ていると、頭がフワフワした。
早く、抱きたいなぁ…。
そんな風に恋人の体を撫でていたら…時間が過ぎていった。
いつの間にか、また夜になっていた。


「浩介…すごく、かっこよかった…」

白いうなじが、ほんのり赤い。
恋人に褒められて嬉しくならない男はいない。
愛しいが過ぎて、かわいいうなじにキス。
すると、恋人の体が少し跳ねる。

「想太、すごく、かっこよかった…綺麗で、すごかった」

ガラス張りの浴室。灯りを落として、バスタブの中。
二人で外に広がる夜景を眺める。
ラブホテル…それを連想し、掃除の面倒さを憂いたこの部屋。
でも、やっぱり。こういうのはすごく、いい。
恋人のエロい体。ものすごくエロくなる。

「すごくね…かっこいいんだけど…んんっ…もう…」

モデルとかやらないでね。芸能人にならないでね。
そう、喘ぎながらねだる恋人。
かわいくって、淫ら過ぎて。陰茎が更に硬くなる。
受け入れる恋人、もっと淫らになる。

白いバスタブ内にはローションの入浴剤。
とろとろのお湯の中、後ろから、挿入している。
想太の甘い声。浴室内で響いて、すごく卑猥。

フラッシュとシャッターの中でのトランス状態。
撮影が終わっても、俺たちはぼーっとしていた。
乙女だった理事長、真剣な目で「本気で検討してほしい」そう言ってきた。
想太を触りやがった大男。着替えたら、知っている人だった。
蛍光ピンクの口紅で「学業も大事だと思うけれど、学生の間、少しだけでもやってみたら?」
そう、言われた。本来は、そんな中途半端なの薦めないんだけどね…。そう呟いていた。

相多からは何も言われなかった。俺の気持ちを知っているからだろう。
ただ、想太を見つめては、ため息をついていた。
もったいない…そう思っていたのだろう。

想太、すごく綺麗だった。
華やかな服、すごく似合う。こんな色っぽいの、みんな好きになる。

でも、嫌だ。やっぱりいやなんだ。

「こーすけっ…ああっ…んっ♡」

喘ぐ想太の姿。柔らかくて、気持ち良くて。
大好きで、大好きで…。
ごめん…。そう言って、中に出した。
甘い声、俺だけのものだ。そう決めて、中にずっと出し続けた。



◇



「うわー流石に埃っぽいなぁ」

築35年の2Kの部屋。そこに戻ってきた。2カ月ぶりに戻ってきた。
長い間帰らなかったから、埃っぽい。窓を開けて、晩夏の空気を取り込む。

昨日、学祭が終わった。あっくんのステージは大盛況だった。
当然のように、彼は留学のチケットを手に入れた。
あっくんを見に来ていた橋下さん。相変わらず可愛かった。
その彼女は彼氏の留学に寂しいと涙する。3カ月だけだからと慰めるあっくん。

ほほえましい光景だった。大丈夫だよ橋下さん。そいつ、相当君の事大事にしてるよ。
そう思って、二人を見つめた。


「扇風機まわしとくか…」

「そうだな!」

彼氏の提案に、元気よく返事。
部屋中の窓を二人で開けた。本当はすぐにでもエアコンをつけたい。
でも、まずは換気。なんせ久しぶり。
この部屋を出る時は、まさかこんなに空けるなんて思っていなかった。

「いやぁ、なんか色々貰ったなぁ。あ、明日これ食べよ」

「おお、そうだな」

理事長やオネエサン。先生やカメラマンさん。色々な人にもらったお土産を拡げる。
食べ物が結構ある。助かるなぁ。

オネエサンからは結構庶民的な物をもらった。
牛肉の佃煮。ご実家の物らしい。あっちにいる時にも、貰った。すごくおいしい。
見た目に反したお土産に、笑が零れる。

オネエサン…あんなに厳しかったのに。
別れ際は泣いてくれた。理事長と一緒に東京駅まで来てくれた。
今生の別れ…。それ位に泣いてくれた。

「アンタならいけるから!アタシに全部任せてくれれば、必ず、てっぺんとれるから!」
そんな風に蛍光ピンクの口紅をぐちょぐちょにして泣いてくれた。
もう、早く帰りたかった俺は、「今度はうちに遊びに来てください」そんな事を言ってお茶を濁した。
まさか、理事長と一緒に。同じ新幹線に乗り込んでくるとは思わなかった…。

京都観光に理事長とオネエサンを連れて行って、豪華な夕食を食べさせてもらって。
そろそろ不満げな彼氏と一緒に部屋に戻ったのが先ほど。
もう、21時…。

「あーつかれたぁ」

そう言って、セミダブルのベッドに転がる。
昨日までお邪魔していた都会の部屋。そこにあったベッドとは大違い。

「まさか、ついてくるとはな…」

そう、ため息をついて、浩介が俺の隣に寝転ぶ。
ようやくの近距離。ベッドの上。そりゃあ、もう。近づくわけで…。
ちゅ。とキスをした。

夏の終わり。部屋に入り込む夜風、それが少し、冷たくなった。
都心での借り住まいの高級マンション。それに比べればここは狭いし、古い。
比較対象にすら本当はならない。そんな部屋。
でも、ここが俺と浩介のねぐら。ここは俺たちの愛の巣。
親元で、手をつなぐのすら、なかなかできなかった高校時代。
猛勉強し、ようやく手に入れた浩介との二人暮らし。俺の理想の暮らし。

「ステージ、すごくかっこよかった…本当に良かったのか?スカウト…あんなにされたのに」

浩介が髪を撫でながら、服を脱がしながら聞いてくる。
空気の入れ替え中。エアコンもまだつけていない木造住宅。それは、もう暑いんだけれど…。

「良いに決まってる。俺、ここでの暮らしが大好き。ようやく手に入れたこの生活、これが一番なんだよ」

そう言って大好きな恋人にキス。
広いベッドに、ムードある部屋。毎日エッチした夏だけの仮のねぐら。
魅力的ではあるんだけれど…。でも、やっぱりこの部屋の方がいい。
学校、近いしね。狭い分、浩介にも近いしね。

「あ…」

胸を触られて、反射で漏れる声。
嬉しそうに微笑む彼氏。
ベッドの横の窓。そこから見える星空。
都会よりも、きれいに映る夜空、もう、夏が終わる。
それを教えてくれる夜空。


この夏は、最高だった。
すごく、いい夏だった。

あっくんの夢。その一歩を手伝えた。
それは、この夏一番の嬉しい事。

「浩介…きもちいい…」

窓があいているから、小さな声。
でも、いつもより彼氏は興奮している。
日々のレッスンで、柔らかくなった俺の体。
こんなに曲がるんだ。と、驚くほど足を曲げられるようになった。
実は結構気にしていた。だから柔軟、頑張った。

見上げる彼氏の額に大粒の汗。
柔らかくなった俺の体。今までやったこともないような体位。お互いの興奮が加速する。

「想太…大好き」

そう言って、気持ち良くしてくれる、大好きな人。
以前より深く、深く交われるようになった体。

もしかしたら。それが、この夏一番の収穫かもね。


          

おわり





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