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午前7時15分。深呼吸をして、インターホンの前。
はたして、このボタンを押すべきか、それとも待つべきか?

「行ってきまーす。ゴミだしとくよー。ん?」

うわ。まさかの父親が出てきた。どうしよう…。



【 ずっと隣の子 】



今日、告白をすると決めてやってきた。
相手は近所の子。同じ町内の子。
その子の家の前、ずっと、ずっと。毎日通ってきた。
小・中・高と…12年間。

会えること…ほとんどない。なんなら、ここ3年間は会えていない。
いつも、少し遠いところから眺めている。
「いってきます」という可愛い姿を。「ただいま」という大好きな彼を。

彼の家に行く前に、駅に寄って確認をする。
…やっぱりいた。改札の中、本を読んで待ってる背の高い男。
口元が緩んでいるのは、本の内容のせいか…それとも待ち人の事を考えているからか?

まぁ、いい。こいつがここにいる事、ここから動かないことが大事だ。

絶対にここから動くなよ…!
そう睨んで、大好きな人の家へと駆け足をした。

そして、彼の家の前。バクバクと心音がうるさい。
告白、今日しかない。今日だ!と決めてきた。
家の前、チャイムを鳴らすか迷っていたら、まさかの彼の父親。
そりゃあ、そういうこともあるだろうけど。正直、想定外。

「ん?想太の友達かい?おーい想太!迎えが来てるぞー!!」

そう言い残し、彼の父親はゴミを出しに行った。
表札には『青木』の文字。そう、ここは。俺の初恋の人の家。

一瞬で閉められた玄関のドア。彼の靴が見えた。
これで、今日はまだ家にいることがわかる…久しぶりに会える…。
タタタタ。とスリッパの軽快な音がドア越しに聞こえる。
ああ、どんな顔をしたらいいのか…。

「あらー!井田君いらっしゃ…あら?えーっと」

ドアが開き、青木の母親がルンルンで出てきた。
なのに、俺の顔を見て、ルンルンが消えた。
なんだそれ。失礼だろ。…と思いつつ、お久しぶりです。と挨拶をする。

「あ!同じ小学校の!!まぁ大きくなったわねぇー!」

流石、青木の母。俺の事をすぐに思い出したようだ。

「ねー…えーっと。ね!うん!想太に用事だっけ?ちょっと待ってね!想太―!!」

おっと、俺の名前は思い出せなかったようだ。逡巡した後に、諦めた感じがした。
ひどい…と思いつつ、まぁ。青木母はPTAとか色々やってたもんな。
子どもの名前、覚えきれなかったんだろう。

「えー井田がきたの?本当に?」

そんな声と共に、開かれる玄関のドア。
ああ、正面から見るの久しぶり…。声、ちゃんと聞くの久しぶり…。

「井田、おはよ♡……って誰?」

ぴょんと跳ねるふわふわの髪。
昔から変わっていない。心臓が跳ねる。
そして、相変わらず失礼。誰?とまで来たか。

「青木…久しぶり」

「あー小学校の時の…!」

俺の顔をまじまじと見て、ようやく青木が喋る。
小学校…確かに一緒。でも、中学も一緒だったんだけどな…。
まぁ、俺も昔に比べて背も伸びたし…昔よりは、青木の横に並んでも見劣りしない程度には…。

「あー!あー…うん。なつかしいなー!…で、何の用?」

え?まさか。俺の名前出てこないの?
朝から拝めた可愛い顔。それにドキドキしながらも、ショックはショック。
いや、まさかな。青木母は仕方ないとして、俺と青木は小中と9年間一緒だったんだ。
覚えていないはず…ない。え?ないよな?

「青木…俺の事おぼえていないのか?」

「ええっ!?いやぁ、おぼえて…いるよ!うん。確か、中学も一緒…だよなぁ…」

嘘だろ…。マジかよ…。覚えてない…?そんなのあるか?
あんなに話しかけたのに…。青木の視界に入りたくて、いっぱい話しかけたのに…。

「あー。で、どうしたんだ?制服だし、今日学校なんだろ?」

と、自身も制服姿の青木が言う。
青木の纏う制服…県内のトップ高。誰もが憧れる制服。
俺よりも背が高い青木。ああ、制服姿…かわいい。

今は三月。もうすぐ卒業を控えた三月。
うちの学校も今は自由登校期間。青木の高校はトップだから、もっとゆるい登校期間なはず…。
それでも、青木は学校に行くんだな。なんでそんなに律儀に行くんだろうな…。
まぁ、あれだよな。あいつがいるからだよな…。
ああ、へこむな。俺。今は、目の前の青木に、集中だ!

「青木、秀英大受かったんだってな!おめでとう」

そう、叫んだ。青木が目を丸くして「ありがと…」という。
青木の両親、そんな俺たちを眺めてる。

近所の道行く人も俺たちを見ている。
ああ、恥ずかしい。…でも、今日はそんな事ではめげない。
秀英大…京都だ。もうそろそろ、青木は京都に行ってしまうんだ…。
今日は、いつもの俺じゃない。好きな人を遠くから見てるだけの俺じゃない。
言う。言うんだ。言え、言ってしまえ。俺!


「青木っ、俺、お前のことッ…ぐぇっ!!」


制服姿の青木。その体を掴んで、告白…しようと。した。
すると、突然背中に痛み。強烈な痛み。
背骨が折れるほどの激痛。

青木邸の地面に手を付く。腹ばいになる一歩手前。
そこで何とか食いしばる。
そんな俺の横を、ぽんぽんぽんぽん…。と小さく跳ねて通過するボール。
サッカーボール?

「うわーーんお兄ちゃん、ぼくのボール返してよぉー」

そして後ろで、少年の泣き声。なんとか体制を整えて、後ろを振り返ろうとする。

「井田っ…♡」

背面にいる人物を見る。その前に、可愛い声。
ああ、ちくしょう。なんなんだよ、こいつ。

「少年…こんなところで、サッカーなんてダメだ。これからは気をつけろよ」

俺の隣に転がるボールを、少年に渡す背の高い男。
少年は、お兄ちゃんが取ったんじゃーん!と泣いている。

いや、わかるから。小学生にあんな重いボール蹴れないから。
しかも、球は上空から背中に当たったから。
これは蹴った球じゃなくて、打った球だろ。

「はぁ…井田君。今日も男前ねぇ♡」

青木母子がうっとりしている。いや、普通。ボールを背中にぶつけてくるやつ、やばいだろ。
なんで、おまえら母子はそこを諌めないんだよ!
つーか、なんで、こいつ。ここにいるんだよ!
お前が邪魔だから、居ない時間を見計らって、青木の家に来たのに…。お前、いつも通り駅で待ってろよ。

「青木…おはよう」

そう、はにかんで。背の高い男が青木に近づく。
道端のサッカー少年からボールを取り上げて、俺を急襲した男。
然もありなんと、青木の腰に手を回した。

「井田…おはよう…」

青木の目がとろんとしている。その母もだ!
ああ、クソ。計画が崩れた!

「あ、そろそろ時間だ。じゃあ行ってくるね。母さん、想太。井田君もまた…」

マイペースな青木父。腕時計を見て、仕事へ向かう。
ペコリ。とお辞儀する井田。クソ、もう家族ぐるみなのかよ!!

「井田…うちまできてくれたんだ」

「ああ、ラインの返信無いから…心配で」

おいおいおい。何、路上で。公衆の面前で。つーか、親の目の前で。
なぁんで、抱き合ってんだよ!そして、青木母!うっとりすんなよ!

「じゃあ行こうか。想太」

そう言って背の高い男…井田は俺を睨んで、青木を連れ去ろうとする。
いや、でもな。今日の俺は退かない。
遠くからでも分かる、背の高いこの二人組。いつもはびびっていたが、今日は負けない。
その、腕の中のかわいいの。俺が奪う!そう覚悟してきたんだ!

「待て!青木!俺の話を聞いてくれ!」

すると、俺に視線が集まる。
一番そっけない視線が青木。そして、熱心かつ冷たい目が井田…と青木母。
え?青木母?

「俺っ!青木が好きだ!」

青木母の冷たい目に心が折れそうだったが、なんとか言えた。
青木…どんな顔をしてるんだろ…。
期待して、好きな顔を見つめる…。うーん、俺を見ていない。

「気持ちはありがとう。でも、だめだ。今後は青木の視界に一生入らないようにして、それなりに頑張れ」

「…井田ぁ♡」

「…井田君♡」

え?なんでお前が返答するの?そして、なぜ返答した井田の事を母子でうっとり見つめるの?

「想太は俺の恋人だから、お前の気持ちは迷惑だ」

そう言って、俺を睨む井田。え?なんでいきなり下の名前で呼んだ?今まで青木って言ってたのに…。

「浩介…♡」

いや、青木。うっとりしすぎ。しかもお前まで名前呼び。
ここ、路上だぞ。お前ら何、熱っぽく見つめ合ってんだよ。

「いや、待て待て。俺は青木に言ってるんだ。青木の返事が欲しい」

すごい、俺。ちゃんと言えた。
この常識はずれの面々を前にして、しっかり意見を伝えた。
そう、俺は。青木の返事が欲しい。あの時の返事をどうしても欲しい。

「俺、付き合ってる人が居る。こいつ、俺の恋人。だから、ごめん」

そう言って、井田の肩を掴む青木。こくん。と嬉しそうな井田。
そしてその姿を、撮影する青木母。
「えっと、ラインで写真を送信するには…」とスマホを少し遠くにやっている。
うちの親もよくやるやつだ。老眼だ、あれ。

「青木…俺とは、少しも…可能性ない…か?」

どうにか…と。粘ってみる。
分かってはいたけれど、普通に心が折れそう。良い返事がもらえるとは…まぁ無理だとは思っていたけど。
それでも万が一…とも思ってた。
元来結構ポジティブな俺は、今朝見た夢の中で、青木に「俺も好き!」って言われて舞い上がっていた。
…現実は、厳しい。夢の中ではあと一歩でキスできた…。現実は本当に厳しい…。

「ごめん…俺。井田しか無いから。井田しか、もう好きにならないんだ」

キリッと男前に青木が宣言。それを聞いた井田が、乙女のように顔を赤らめている。
そしてそんな井田に青木母が話しかける。「井田君のお母さんに写真送りたいんだけど、どうやるんだっけ?」と。

「…そっか…。でも、好きでいるのはいいか?ずっと、ずっと…俺、青木の事が好きだった」

「ああ…そうなんだ。ありがとう。それは、もう…お前の気持ちの事だから…」

「駄目に決まってんだろ、想太との記憶は全削除しろ!忘れろ!思い出すな!」

なんだコイツ。告白すら邪魔をしてきやがる。俺と青木の会話、そこに思いっきりチャチャ入れながら、
「ここをタップして、画像を読み込んで…あ、俺も貰っていいですか?この写真」と青木母と話をしている。

「青木…連絡先の交換…どうかな?せめて昔みたいに友達でいてほしい」

「え?友達?」

青木が戸惑っている。いや、戸惑うのは俺の方。え?友達…だったよね?
小・中と9年間。一緒だったよね?

「青木に告白したくて…中三の時、お前んちに手紙入れたんだ…青木、きてくれなかったけど…卒業式、俺、ずっと待ってた」

「んん?手紙??知らないぞ、それ」

青木が目を丸くしている…。大きなキラキラの目、かわいい…。
俺、ずっとこの瞳に囚われている。
昔っから、このキラキラした目が大好き。
でも、大好きなのに。小学生の頃はからかった。
むしろ、大好きだからこそ、からかった。

「ああ、あの手紙。あなただったのねー!」

ぽんと手を叩き、画像送信を終えた青木母が入ってくる。
隣の井田は相変わらず俺を睨んでいる。

「想太宛てにちょっとやらしい手紙が入っていたから、お父さんと話をして、処分したのよ。…ああ、そうだったのね」

「…やらしい?」

井田も入ってくる。うーん。確かにちょっと、まぁ。そう言うことも書いた気がするけれど…。
でも、それも全部、青木が好きだという一念から。まぁ夏場の水着姿に興奮したとか、トイレでは必ず隣に行くようにしてる…とかは書いたな。
そっか…。青木に読まれる前に潰されていたか…。じゃあ、来るはずなかったんだな…卒業式、校舎裏の木の下…。

「想太が勝手に東が丘を受験した話、前にしたでしょ?なんかまぁ、友達同士であったんだろうなぁ…と思ってたのよね。他にもそういう手紙届いていたし」

井田に説明する青木母。ずっと訝しげな顔の井田。
中学生…もうとっくに俺たちは携帯を持っていた。
でも、ある日。青木はクラスのライングループから抜けた。
いつも青木がつるんでいた連中…何か内部で揉めているなと思っていた。外から見ると、青木へのイジリに見えた。
でも多分、あれ。青木を取り合っていた。

「…想太。そんなことあったのか?俺、聞いてない…」

静かな怒りが井田を包んでいる。青木は答えづらそうに「あとでな…」なんて言っている。
井田は我慢ができないようで、青木の腕を掴んで「今すぐ聞きたい」って迫っている。

「想太…なんでも話するって言った…約束だろ?」

青木の腕を掴んでいた井田。腕を引き寄せて、青木を抱きしめる。
ヒューっと口笛がどこかから鳴る。
朝練帰りのサッカー少年…まだいたのかよ…。そろそろ学校だろ、お前も。

「浩介…ちょっと親の前では話しづらいから…ふたりっきりになったら…な?」

そう言って、井田の唇に人差し指をあてる青木。その仕草がすごく色っぽい。

「じゃあ、はやく…行こう…」

そして井田は青木の腰に手を回し、歩き出す。「いってらっしゃーい」と青木母。
いや、俺。まだ話ある。

「青木っ…!なぁ。友達だめか?俺、お前との関係を切りたくない。京都から帰ってきたら、たまに会ってくれないか?」

精一杯の粘り。土俵際の踏ん張り。
すると、青木は初めてぐらいに俺をちゃんと見た。そして笑った。

「ああ、井田も一緒でいいならな」

笑顔、かわいくって。心臓がはねた。やっぱり、好きだ。どうしようもなく。
だって、俺の初恋だ。ずっとずっと好きなんだ。

二人の背中が遠ざかっていく。走るようなスピードで青木を連れ去る井田。
頬を染めながら、井田についていく青木。
いいなぁ。俺も青木とあんな青春したかった…。
俺も、青木が欲しかった…。

「青木ーーッ!京都行っても元気でなー!あと…」

青木の細い腰に回された井田の手。なんだかいやらしい動き。
あの二人…。この後、学校行くんだよ…な?

「小学生の頃、青木の夢をバカにしてごめん!お前なら、どんな夢でも叶えられるよー!!」

もう、だいぶ遠い二人の背中に叫ぶ。
好きだ。そう告白したかった。
そして、謝りたかった。昔のこと。
小学生の頃、青木の夢をからかったことを…。

「ああ!お前、黒歴史ー!!」

青木が振り返った。え?黒歴史?なにそれ。

「お前か!!」

振り返ってくれた可愛い顔、そして俺目がけて走ってくる鬼の形相。
え?え??と思ってる間に、ボールが飛んできた。
すごい高い位置から。ボールが降ってきた。



◇



「ぼく、バレーボールやろうかな…」

サッカーボールを上に投げて、スパイクを打とうとする少年。
まぁ、どっちでもいいんじゃないの?そう、言いたいけれど。
ボールを受け止めた顔面が痛い。
少年は今まで足蹴にしていたボールを抱えて、スパイクの真似をしながらようやく帰って行った。

「鼻血は出てないけど…大丈夫?うち入ってく?」

氷嚢で冷やしてくれる青木母。ぜひ、お邪魔したいです…。
そう言ったら、笑って招いてくれた。
結局、学校はサボった。お昼ご飯を青木邸で食べて、青木の高校での写真を見せてもらった。

「親だからね…まぁ、なんとなく子供の事はわかるのよ。ほら、幸せそうでしょ?」

青木の高校の写真。アルバムになっていた。
こういう所、青木の母ちゃんっぽい。よく、学校に来て保護者としてなんかやってたもんなぁ…。
写真の中にはドレスを着たすごく美人の青木。そして一緒に映る王子の男。

「想太は、この子の事好きなんだなぁって思ってたのよ…だから、ごめんね」

青木の母ちゃん。そう言って、俺の肩をぽんぽん叩いた。
涙が止まらない、俺の肩を。

確かに、しょうがない。
小学校、中学校…うちにもある青木の写真。こっそり買った青木の写真。
高校…俺が買えなかった青木の写真。
高校二年生あたりから、急に綺麗になった青木の写真。

ああ、これじゃあ。な。敵わないな。

涙がでる。
見せつけられて、惨敗。
きれいに纏められたアルバムの写真には、背の高い男二人組。
どちらも、とても笑顔で…。
すごく、すごく。眩しい。

「青木、幸せにな…」

そう願って、2枚ほど。青木家から写真を失敬した。
1枚は高校生の青木。シンデレラの美人な青木。

もう1枚は…。
小学生の頃の俺たちが、隣同士で映る写真。
そこにはふくよかな青木と、いじわるそうな俺が映っていた。
小・中と。俺、ずっとお前の隣に座りたくて、席替えとかいろいろ頑張った。
ああ、ほんと。このころから…そして今も。青木はいつでも眩しいよ。

                                 
                                  
                       
おわり

                                           


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