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Sorry, Love Story
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人間万事塞翁が馬とはよくいったもので。
幸も不幸も君となら。そう思いは、するのだけれど…。
◇◇◇
「青木、クリームついてる」
そう言って近づいてくるクラスメイト。前にもこんなことあったなぁ…なんて恋人の顔を思い出す。
ああ、だって。俺は頭からつま先まで、彼氏でぎっしり。神でも仏でも誓おう。そう、俺は彼氏一筋。
「ご、ごめん!!急用!おもいだした!すっごい急ぎのやつ!」
ゆっくりと近づくクラスメイトの顔。そしてようやく気付いた相手の感情。
ああ、そうだったか…と合点がいった直後にシグナル。
唸るシックスセンス。脳波が送る警告と、危機を察する眼球。
そして視界に捕らえた、長身の美形。走ってくる、美丈夫。
俺の恋人。
「あ…あおき…っ!」
驚く、クラスメイト。不義理に申し訳なさを感じつつも、俺が優先すべきはこちらにあらず。
やばい…これはやばい…。そう、焦る。
「ごめん!また…っ!」
趣のある喫茶店。芸術品のようなショートケーキ。
鼻腔をくすぐる珈琲の香り。窓際の席。
急いで立ち上がり、財布から札を抜いて無理矢理、相手に握らせる。
そして、店から出る。逃げるように。いや、追いかけるように。
カランカラン。
と、店の扉。その乾いた音を聞きながら、駆ける。
鬼の形相の彼氏、ガードレールを飛び越えて俺目掛けて走ってくる。
流石に何かをすることはないと思うが、俺はクラスメイトを守るような気持ちで、走る。
多分、何かをすることはないと思う…けれど。
「いや…本当に。見ての通り、食事していただけで…」
横断歩道。恋人の手を握って。土下座をするような気持ちで、謝ったのに…。
彼氏の顔、その目尻に涙を見つけちゃって…。自分でも聞こえないほど、言い訳はちっちゃい声…だった。
「…い…井田……」
「…………」
「いだ…さん?」
「…………」
何度…呼び掛けても…。
「いだ…なぁ…井田ってば…」
「…………」
返事が、ない。
「なぁ…井田…ほんと、ごめんて。機嫌なおして」
「…………」
返事を、くれない…。
「…………」
「…………」
「…………」
横断歩道で捕まえた、彼氏。
宥めるように、彼氏が喫茶店に殴りこみに行かないように。
そう、手を握りながら拉致したのは俺の部屋。
「どうしていつも俺の居場所が分かるの?」
そんな野暮なことは聞かない俺。そんなことは聞いても仕方がない。意味がない。
だって彼氏は俺一筋。もちろん、俺も彼氏一筋。
二軒隣にいながらも、実生活は俺の家という彼氏。
その彼氏を引き込むように招いた部屋。どうやってご機嫌を取ろうかと考えていたのに、玄関の扉を閉じたらキスされた。
めちゃくちゃ熱い目で見られて、どきんとした。またキスされるなぁ…って待ってたら、全然唇がこなかった。
キスを待つ俺を、井田はじーっと眺めていた。
「…もしかしたら勘違いしてるかもしれないけど。一緒に居たのはクラスメイトだから」
「…………」
「あいつも甘いものが好きらしくてさ。男一人で行くのは気が引けるからって、それで行っただけで…ほんと、そういうのじゃないから」
「…………」
「あそこの喫茶店のショートケーキ、有名なんだって。店内見た?やっぱり女の子が多くてさ。だから男一人よりは…って、ああ。もう。ごめん。ごめんってば!」
玄関。靴も脱がずに、経過説明という名の言い訳をする。
…って、全然言い訳のつもりはない。本当にそういう流れなんだから仕方がない。
彼は本当にただのクラスメイト。
グループワークの時、青木の家ってケーキ屋って本当?なんて聞かれて。家というより姉ちゃんが…なんて応えて話すようになって。
甘いものがすごく好きなんだけど、一人で行くのが寂しいから一緒に行こうぜなんて誘われて。
いいね!なんて軽く返事をしていたら、早速行こうって案内されて…。
ああ、本当だ。めちゃくちゃうまい!なんてほおばっていたら、なんだかすごく見つめられて。
青木の口、苺みたい…なんてこっちを見ながら言い出してきて。言ってることと、言い方に違和感を感じていたら、顔を触られそうになった。
いや、もう。俺生クリームを口の周りに付けるなんて、そんなことしてないと思うんだけどなぁ。
「そんな感じで…そういう事じゃないから。ほんと、そういうんじゃないから」
「…………」
靴を脱いで、洗面所まで連れ込んで。とりあえずは手を洗って…。
それなのに、未だに彼氏は無反応。なんなら目を合わせてくれなくなった。
「ぷん!」って音が聞こえそうなほどに、拗ねた態度。
「遠くから見たら、顔を近づけあっているように見えたかもしれないけど。そういうんじゃないから。クリームが口についてるよって教えてくれただけ」
「……俺。両眼、2.0」
「…井田って、目いいよな…」
「……キス、されそうになってた」
「俺はそんな気ないから!」
「…………」
洗面所、水を出して。ハンドソープの泡を出して、後ろから井田の手を洗ってやる。
つーんとした態度。でも、手をあわあわにして、指の間を擦ってやったら、一瞬ニヤけた。
すぐにまた口をへの字にしたけど、くしゃっと笑ったの、鏡越しに見えたから。
ああ、もう。俺の彼氏はかわいいいなぁ!
「…よし。じゃあ、今日は井田の好きなもの作るから。な?そろそろ機嫌なおせって」
たっぷりの流水であわあわを流して、タオルで手を拭いてやる。
目は合わせないくせに、鏡越しで俺のことをじいっと見つめてくる。
背は、井田の方が少し高い。いや、少しというか…まぁまぁ高い。
でも、体躯が全然違う…。逞しい背中。いつもいつも、ここにしがみ付いている。毎晩、毎晩…朝になるまで抱き着いている…。
うーん。後ろから抱き着いていると、なんだかどきどきしちゃって、不埒な気分になってしまう。
「俺が好きなのは、井田だけだから」
そう言って、ほっぺにキス。
すると、彼氏の周りに花が咲く。
嬉しそうに目を細める井田。かわいい、井田。
ああ、大好きだよ。井田。お願いだから、もう。いつもの優しい顔に戻って。
拗ねる姿も愛おしいけど、怒る顔を見ると不安になるし。
「よし、じゃあ肉焼くかー!井田は先に風呂入ってな」
喜ぶ彼氏の顔、それを見て安心した俺は。冷蔵庫に向かおうと井田に背を向けた。
『危機管理能力が足りない』
そう、言われても仕方がない。…とは思うけど。
だってさ…。だって…だって…さ。
◇◇◇
「え?それって無理じゃね?」
枕に埋めていた顔をあげて、可愛い顔が俺を見る。
「女子と…女性と二人きりは、俺だって絶対にやめてほしいけど…男同士でって、それはあるだろ」
困った顔、しているけれど。何言ってるんだ?ってそんな顔をしているけれど。
だって仕方がないだろう。それが俺の本心だ。
『他の人と二人きりにならないで』
あれは、まだ先週のこと。
情事後のベッドで、そうお願いしたら。青木は、鳩が豆鉄砲食らった顔で俺を見てきた。
「じゃあ、俺以外と口きかないで」
「じゃあ…って…」
恋人が困惑しているのが手に取るようにわかる。
でも、云ってしまった思いは、もう隠せない。いや、多分。今までも隠せてないだろ、俺。
「青木が…俺以外と居るの嫌だ。ずっと、俺は青木と居たい…」
「いや、俺も井田とずっと居たいけど…ええ?井田…本気で言ってる…よな?」
レースのカーテン越し、月明かり。
白い光が、照らす恋人の裸。
シーツの上、大好きな人の体に何度も腰を打ち付けた。
同じ数になるまで果てた後、調子に乗って溜めていた思いを打ち明けた。
どうしようもない独占欲を。告白した。
「井田が女子と二人きりって…すごく嫌だけど…男同士でなら…まぁ、これからの人生ありそうだし」
「青木が望んでくれるなら、俺は男同士でも二人きりにはならないようにする!」
「いや…別に。そこは全然いいって…あの、あっくんとかはどうなるの?」
「二人きりはいやだ」
「ああ。だから最近ついてくるのか…。んん?橋下さんはどうなの?この前俺、橋下さんと食事したけど…」
「相多と二人きりよりはマシ。でも、本当はすごく嫌だ」
「あー。そこは気を付けるけど…。って、井田って…そんなこと思ってたんだな…」
カッコ悪い…。
そんなことは分かっている。幼児のような執着心…。そう呆れられても仕方がない。
でも、これが本心。俺は、このきれいな人を他の誰にも見せたくない。
「あ…っ…もぉ……」
いいよ。って返事をくれない恋人。
感嘆したような返事ばかりの好きな人。
だから、腰を引き寄せた。さっき挿れたばかりの柔らかいところに、勃起したものをぬちゅっと擦り付けた。
「浩介…だいすき♡」
甘えるように挿入したペニス。
それを、でろでろに甘やかしてくれる俺の恋人。
情事の時だけの呼ばれ方。
喘ぎ声での名前呼び。
好き好き…って言ってくれるから、伝わったと思っていた。
分かってくれたと思ってしまった。
ただ、ただ。シンプルに。俺は青木を独占したい。
俺は、青木とずっと一緒にいたい。
じゃあ、わかるだろ?
お前のことが好きなやつ。邪魔でしかないんだよ。
青木とふたりきり…。
それは俺しかダメなんだよ。
◇◇◇
「んんっ♡あっ♡ああっ♡あ、ああっ♡」
「…………っ」
「ああっ♡ごめっ♡んっ♡ごめん…なっ♡さいっ」
「…………」
「こーすけっ…んんっ♡やだ…そんなかお…やだ…っ…あああっ♡」
ぢゅぷっ♡ぢゅぷっ♡っていう水音。
ぬちゅっ♡ぬちゅぅ♡っていう粘膜音。
それに、俺のだらしない声。喘ぎ声。
「こーすけっ♡好き♡すき♡大好きっ♡だから、おねがい…っ♡」
「…………」
浩介、大好きな浩介。
俺は浩介にしがみ付いている。覆いかぶさる逞しい体に、まるで動物の子供のようにしがみ付いている。
「ああっ♡やっ…♡おくっ♡きもちいい…っ♡ああっ♡」
「…………っ」
彼氏のピストンが早く、深くなる。大好きな浩介、その浩介のおっきくて熱い、だいすきなトコロ。
それが俺の体内でごりごりっ♡って穿ってくる。
ぱんぱんぱんっ♡って、腰がぶつかってきて、すっごく気持ちいい…♡
クラスメイトとの会食を見られて、ありえない疑いをかけられて…。
拗ねる彼氏を宥めて家に連れ帰って、洗面所で手を洗ってあげた。
ほっぺにちゅうをして、猫なで声で甘えてみた。
可愛い彼氏、嬉しそうに頬が緩んだから、ほっとした。
だから食事を作ろうと、台所に向かおうとした。
浩介の好きなもの作ろうと思って、機嫌を取ろうと思って。
そうしたら、後ろから抱き着かれて…抱えあげられた。
いきなり体が浮くから、びっくりした。
お空を飛んでるみたい…なんてふざけたことを思っていたら、ベッドに沈められていた。
「先に食事にしよ、だから、ちょっと待って…」
そう諫めようとしたら、彼氏の目から涙が零れていた。
背中に汗が一筋流れた…。
「…先週、ここで言った。ここで、ちゃんと説明した…」
「…………」
低い彼氏の声。久しぶりにしゃべったかと思ったら、めちゃくちゃ責められている…。
先週…。うん。確かに…先週、話しました…ね。
「…ごめん…こうすけ…」
「…………」
彼氏の涙…。それで、ようやく事の重大さに気付いた。
泣いている頬を撫でて、キス…。そうしたら覆いかぶさってくる彼氏。
「ごめん…ごめん…浩介」
「…………っ」
「浩介…ごめんなさい…」
「…………」
それから、浩介はしゃべらない。
あれから、一言もしゃべらない。でも、そのかわりに…ずっと…。
「ああっ♡あっ♡あああっ♡あっ…んんっ♡あああんっ♡」
「…………っ」
浩介は歯を食いしばりながら、ずっとセックスしてる…。
そして、俺は服を脱がされて、足を拡げられて。腰を抱えられて…ずっと…じゅぷじゅぷ♡っておっきいおちんちんを挿れられている…。
「こうすけぇ♡ああっ♡だめぇ♡むねっ…♡奥ぅ…トントンしながらぁ…むねっ♡ちゅうちゅうしないで…っ」
「…………っ」
ゆさゆさと。ゆさぶりながら、乳首を口で引っ張る浩介。
こんなにエッチなことをしているのに、まるで浩介はおっきい赤ちゃんみたい…。
全力疾走を何度もしているように汗が出て…髪をかき上げるしぐさとか、浮き出た二の腕の血管とか…すごく、色っぽいのに…。
甘えてくれているんだなぁ…って思うと、愛らしいなぁ…って思って、すごく嬉しくて…。
「あああっ♡だめっ…♡イっちゃう♡ああっ…ん…♡」
硬くて熱い、凶器みたいなペニスが、おかしくなっちゃうところを容赦なく擦ってきて、意識飛びそうなほど、気持ち良くって…。
というか、これは…飛ぶな…。って。ああ、夕飯…いや、そんなことよりも浩介…。
どうしようかなぁ…。
どうしたら、浩介に機嫌を直してもらえるのかな…。
そんな感じで、俺は空を飛んだ…。
『うわぁっ!!』
ガバッ!っと音が出るように飛び起きる。
暗い部屋。ぼーっとした頭で窓に向かう…。
あれ?朝…?
カーテンを開けるとなんだか懐かしい風景。
早朝…夜明け前…。ああ、夕飯…作り損ねちゃった…。
浩介、どうしたのかな…?そう思って辺りを見回すも、違和感が酷い。
というか、思い通りに体が動かない…。
ピピピ…
と鳴るアラーム。おお、俺がアラーム前に起きるなんて珍しい…と思うと。
やっぱりすごい違和感。というか、俺の体じゃない。
俺、こんなに腕ががっちりしていない…。
時計のアラームを止めて、洗面所に向かう。階段を下りる足。
トントンとなる木造の家…。ああ、ここ。浩介の実家…。
それに気付いたら、ようやく理解できた。
そっか俺は今、浩介なんだと。
「おはよう、今日は出かけるんだっけ?」
「おはよう…そう。同窓会…」
早朝…。俺としてはあまり聞くことが無い、鳥の声なんかが聞こえる居間。
そこで、浩介のお母さんが話しかけてくれる。
浩介は返事をする。なるほど、ね。俺は浩介の中に入っちゃってるのね。
「久しぶりに…会えるといいわね…」
「………」
浩介のお母さん、目も合わさずにそう言う。
浩介…返事もせずに洗面台に向かう…。
母子の間に流れる雰囲気が暗い…。あれ?こんなご家庭でしたっけ?
洗面台…そこに映る、浩介の顔。
浩介…夢の中でもかっこいい…。どうせ夢なら入れ替わりとかすればいいのに…。
一度くらい浩介になってみたい…。こんなかっこいいのになってみたい。
そんな呑気なことを考えていたら、鏡面に映る恋人の顔が暗かった。
溜息を吐く男前…。というか、なんだこの夢は?なんで、この浩介は大人なのに実家にいるんだ?
俺は?俺はどこに行った?
憤りを感じながらも、井田邸の洗面所をじっくり見まわす。
初めてお邪魔した日から…まぁ今も帰省の時はお邪魔するけど…。
というか、この前の夏にお邪魔した時は、浩介が一緒にここに入ってきて…ふざけてキスとかしてきたけど…。
浩介のお母さんがいない日とか…。洗面所の隣にある風呂に一緒に入っちゃったりしたけど…。
「行ってくる」
脳内ピンクの俺に響く、浩介の声。
わわわ、シーンが切り替わった…!合わせて気持ちを入れ替えると、足元には豆太郎がいた。
ああっ!豆太郎!おまえはいつでも本当にかわいいな!
よーしよーし!と抱き上げてじゃれたいのに。
俺の依り代の浩介さんは、ただ笑うだけ。
ええ?もっと浩介って豆太郎に構うよな?もっと楽しそうに散歩しますよね??
早朝の河原は人通りがまばらで…。当たり前だけど会話もない浩介と豆太郎は、ルーティーンのような時間を過ごすだけだった。
途中、足を止めてキラキラとひかる水面を眺める浩介…。そこに豆太郎が慰めるように頬を足になすりつける…。
「豆太郎…そうだな…お前も会いたいよな…」
そう、呟く浩介。あまりにも悲しい顔。
浩介の気持ち…それが手に取るようにわかって…俺は愕然とした。
なにせ、俺。浩介の中にいる。憑依っぽいことしてる…。
見えてるもの…これはすべて夢である。
それは分かるのに、すごく悲しい気持ちになる。
だって、多分。これ…浩介と俺が一緒に居ない。
浩介が寂しいのは、俺のせい…。
またシーンは切り替わる。ふわふわとした夢の世界。悲しい夢の世界…。
なんだ?この夢。浩介と俺が一緒じゃないなんて、俺は死んでいるのか?
それは悲しいな…。ちゃんと、長生きしよう…。
そんなことを思いながら、浩介と一緒に入る店の中。
大学生の俺たちじゃなかなか入れないレストランも、夢の中で大人になれば容易く入れる。
同窓会…。そういやぁこの前もしたな…。4年に一度、オリンピックの年に集まろうって、話をしたなぁ。
「よぉ!井田。元気だったか?」
と、軽い声は、おなじみあっくん。夢の中でも変わんないあっくん。
そりゃあそうか、この前会ったし。その時は浩介もいたし。
夏の帰省の時、一緒に食事して夕方にはゲーセンいったし。
浩介と二人きりもいいけど、やっぱり気心知れた友人と遊ぶのも楽しいなぁ…って思ったんだよなぁ。
「青木は?」
「井田、お前…俺の事青木のおまけかなんかだと思ってね?」
「青木は…いるのか?」
「あっちいるよ…ほんと、おまえさぁ…」
呆れ顔のあっくん。そっか、浩介って他の人と話す時はこんな感じなんだ。
浩介ってこんなにあっくんにそっけないんだ…。
俺、いつも優しい浩介しか見てないから、こんなにそっけないの…少し驚く。
「お!浩介、久しぶり」
駆けるように急ぐ浩介を呼び止める声。
あ、バレー部の連中だ。そう俺は思うのに。
体の主の浩介は「ああ」とか短い返事であしらうだけ。
ええ…それだけ?ここ、同窓会だろ?積もる話もあるだろ?
浩介って、こんな感じでしたっけ?
浩介の級友に対するそっけなさを目の当たりにしながら、場面は切り替わっていく。
広いレストラン。同窓会の会場。学年全員が入る会場なんだからそりゃあ広い。
行く先々で声を掛けられる浩介。委員長にも豊田にも声をかけられたのに、足を止めない。
西園寺さんとは目が合ったのに逸らしていた。
こんなに急いで誰を探しているのか…。そう、ぼんやり思うけど。
まぁ、それは明確な話で…。うぬぼれでもなんでもなく…。まぁ、間違いなく。多分…。
探し人は、呑気にケーキを食べていた。
まぬけだなぁ…と思うと同時に、あれ?死んでないじゃん俺。と不思議にもなる。
浩介の中にいるとはいえ、俺が俺を見るというのは不思議な感じで…というか、浩介から見る俺が大変美化されていて恥ずかしい。
首元をうがーっと引っ搔きたくなるくらい、浩介から見る俺は美化がすごい。
「じゃあ、青木君。私は颯斗君のとこに行くね」
そう言って俺の隣でケーキを食べていた女性が退出する。
あれ?もしかして今のって橋下さん?浩介の中の橋下さんって、こんな感じなの?
顔が霞かかったようにぼんやりしてたので、橋下さんと気づけなかった。
「…想太…」
そう言って俺に近づいていく浩介。声がさっきまでと全然違う…。
いや、俺はいつも聞いている声なんだけど…。そっか、浩介って俺の前でだけ甘いのか…。
「…井田」
他人のような俺が、浩介に返事する。
浩介に名前で呼んでもらっているのに、お前は感じが悪いな!と、自分に苛立つ。
でも、俺の憑依先の浩介は受け止め方が違う。
すごく嬉しそうにしている。俺、浩介の中にいるからわかる…。浩介、泣きそうなほど喜んでいる。
「久しぶり…」
そう言って浩介は俺に近づく。すごく嬉しそうに近付く。
なのに、俺は浩介と距離を置こうとする。その態度に浩介が傷つく。
「ああ、元気そうでよかったよ井田…」
なぜだ?浩介から見る俺の態度はそっけない。
夢の中だと分かっていても、この大人の浩介はかっこいい。
こんな浩介を前にして、俺だったら我慢ができるはずがない。「かっこいい…」って目をハートにして、なんなら抱き着いてしまうはずだ。
ああ、なるほど。さてはこいつ…俺じゃないな!
「青木…は元気だったか?」
やたらキラキラしている浩介越しの俺。それに他人疑惑を吹っ掛けながら、そもそも夢だしなぁ…と。冷静さも取り入れてみる。
この夢の中…。俺たちはきっと何らかの事情で別れているのだろう。
そして、浩介はまだ俺を思ってくれている…と。まぁ、なら話は早いな。
「ああ。久しぶりに皆と会えて、すっごく楽しい」
なんだか牽制するように、浩介に伝える俺。
何故、目の前の俺はこんなにも素直じゃないのか?お前が素直になれば解決するじゃん。
大好きって、ちゃんと浩介に言えば仲直りじゃんか。
「……その…結婚したって…本当か?」
絞り出すような…暗い声。
それが浩介から放たれる。俺はあまりにも驚いて、浩介の体からひょいっと出て行ってしまう。
すごい俯瞰的に、二人を見ることになる。
「ああ。そうなんだ…。この前、式も挙げてきた」
そう、申し訳なさそうな顔をする俺。
結婚?俺が?え?なんで?
「……そう…か」
浩介に絶望が降り注ぐ。
いや…無理。なんでこんなこと…。俺は一生懸命、俺の方に入ろうとする。
なんだよこいつ。俺の顔して、俺の浩介になんてことしやがるんだ!
「だから…連絡…くれようとするの…もう、やめてほしい」
ちゃんと素直になれよ!と夢の世界の俺の頭をはたく。
なのに、やたら美化された俺は更にひどい言葉を浩介に投げかける。
いや、なんだそれ!本気で浩介に嫌われたらどうするんだよお前!
「……想太…」
絞りだされる苦しい声。今度はそんな浩介を慰めに向かう。
ごめん浩介!こいつ俺じゃないから!そう取り繕う。
だって意味が分からない。俺、浩介にこんな酷いこと絶対にしない。
大体、浩介以外と結婚とかありえない。それは最早、俺じゃない。
「と、いうことで。俺、今すごく幸せだから!早く井田もいい人、みつけろよな!」
「………っ」
ぎゃああ。何言ってんだこいつ。冗談でもありえない。浩介が俺以外のいい人を見つけたら、お前、死ぬぞ!
何?何?この世界。あり得ないにもほどがある。ああ、浩介…泣いてる。泣いてる!
「想太…いやだ…離れたくない…」
苦痛…。浩介から出てくる言葉がつらくて仕方がない。
「井田…俺たち。もう、別れているんだ。もう別れて何年経っていると思ってるんだよ…」
冷たい声の俺が浩介をなじる。9年経っているんだぞって。
9年!?いや、長すぎ!ああ、前も同じような夢見てなかったか?浩介。
「俺は…いつまで経っても…想太しかいない…」
男泣きの浩介…。その色っぽさにクラクラしちゃう俺は、実体のない体で浩介に纏わりつく。
好き…好きって。こんな感じの悪い俺なんか捨てて、俺にしとけよ!と意味の分からない行動をとる。
「井田…俺。結婚したのは…子供ができたからだよ…。もう、お前と…って無いよ」
更なる絶望…。浩介が受ける深い悲しみに、俺まで体が引きちぎられそう。
ええ…。なにこれ…。ひどい…。
「そう…た…」
「井田と別れてから…。俺、ちゃんと好きな人できたよ…。それから、その人とずっと仲良くして…赤ちゃんできた」
そう言って腹をさする美化された俺。いや、妊娠したのは俺なのかよ!とツッコみたくなるが、それをさせないほどの絶望の世界が拡張されていく…。
「だから、もう…。井田とは会わないから」
「……そう…た」
にっこり。そんな風に笑う浩介の中の俺。
爆発。それをする、夢の中の浩介。
そして、知る。浩介の気持ち。
ああ、ごめん…。
俺、ちゃんとわかっていなかった…。
不安。その先にある…更なる不安。
ごめん…。俺、もっと大切にする。
浩介の事、もっともっと大切にする。
浩介とずっと一緒に居たいから…。もっと浩介の事、大事にする。
夢の中…。これは夢の中なんだけど。
これは現実ではないのだけれど…。
例え夢だとしても、俺は浩介を大事にしたいから。
「ごめんね」って言ってキスをした。
頭を抱えて、崩れ落ちる浩介。よしよしをして、抱きしめた。
ようやく入れた、キラキラの俺。浩介の中の俺って、こんな感じなんだな。
夢見すぎだよ浩介…。俺って、もっと大したことないよ…。でも、ありがと…。
そう、思って、強く強く抱きしめた。
浩介の夢の中。大きなレストラン。
ここにはみんながいるだろう。クラスメイトも、浩介のバレー部のメンツも。
豊田も、西園寺さんも。あっくんや橋下さんだって見てるだろう…。
でも、そんなのは関係ない。大事なのは、浩介。この人だけ。
だから、俺。皆が見てるけど、いっぱい浩介にキスをした。
大好きって、キスをした…。
◇◇◇
禍福は糾える縄の如し
とは、よく言ったもので…。
人生は何が起きるか分からないな…。
そう、思う。
「…ということで、彼は井田浩介さん。俺のこ…恋人です…っ」
可愛い顔を真っ赤にさせて、大好きな人が俺のことを紹介する。
「浩介は…そんなに甘いもの好きじゃないけど…俺、浩介と一緒じゃないと、甘いもの食べてもおいしくないからっ」
たどたどしくも、しっかりと説明をする彼氏…。愛している…。
「この前は、先に帰ってごめん…!ということで、今後は…浩介も一緒に…でお願いします」
「………っ」
想太の声に合わせて、相手を睨む。すると、涙をこぼす男が、更に泣く。
それを見て、気分の良い俺は。想太の腰を更に引き寄せる。
「想太、何にする?」
「この前、全部食べられなかったから、ショートケーキかなぁ…。浩介は?」
「想太が他に食べたいものあれば、それにする」
「…うん。じゃあ…」
頬を寄せ合って、ひとつのメニューを一緒に見る。方々からの視線を感じるが、そんなものはどうでもいい。
目の前にあるすべすべの肌。可愛い頬にちゅう。とする。
昨日は殴るつもりだった男。そいつの嗚咽が聞こえてくる。
「もぉ…こうすけ…ってば…」
「ん?何がいい?」
赤らむ顔をじいっと見ていたら。カランカランという乾いた音がした。
ようやく出て行った…。これでふたりきり…。
大好きな人と、ふたりきり。
拗ねて怒って…レイプまがいに、想太を抱いた夜。
自分の狭量さに気が狂うほどだった。
こんなんじゃあ、想太に嫌われるかもしれない…。
そんな不安で果てた俺は、いつものように絶望の夢を見た。
俺の絶望…。それは想太がいないこと。
想太が一緒に居ないこと…。
夢の中の俺は、いつもいつも、想太を追っかけては振られている。
今回はとうとう、同窓会で振られた。
結婚して、子供がいるって言われた。
ああ、よくあんな世界で俺は生きているもんだ…。
いつも見る、絶望の夢。
それなのに今回は違った。想太が違った。
「俺、浩介としか結婚しませんから!赤ちゃん…産むなら、相手は浩介だから!」
そう、強い眼差しで。崩れる俺に優しくしてくれた。
キスをして…抱きしめてくれた。
夢の中…同窓会の会場…。
それなのに、俺たちはそのまま愛し合った。
いつも夢の中では冷たい想太。
なのに、この時の想太はすっごく笑っていて…。
嬉しくって、指で梳いた髪も…いつものようにふわふわと柔らかくって…。
大好き…って思って目覚めたら、目の前には想太がいて…。
「おはよう」ってにっこり笑ってくれる想太は…すっごく色っぽかった。
俺に抱きつぶされて、意識を失ったはずの想太。
それでもその白い体を揺さぶり続けた俺。
独り善がりの欲望の全てをぶつけて、果てて…。そのまま眠ってしまった俺に、甘く優しい想太。
「浩介…ごめんね。大好きだよ」
そう言って、俺にまたがって快楽をくれる想太。
深いところまで俺を迎えてくれる想太。
「不安にさせてごめん…ダメな彼氏でごめん…」
そう言って、自分から腰を揺らす想太。気持ちがいい、想太。
恵みの雨のように降ってくる想太の甘い体。
それにしがみ付いて腰を振る俺。優しい想太…どこまでも甘やかしてくれる想太…。
ふたりで快楽を追っていたら、いつの間にか朝になっていて…。
いつものように、お互いの支度をして授業に向かって…。それから合流して、店に入った。
手を繋いで、昨日殴り損ねた男の前に座った。
男は最初から涙目だった。
「想太…ありがとう」
運ばれてきたケーキを一口。赤い唇に運ぶ。
可愛い子が、それを頬張り。嬉しそうに笑う。
ああ…この顔を、他の男に見せた…。
そう、黒い思考がじわっと拡がる…。
「浩介…だいすき」
でも、この笑顔…。これは俺だけのもの。
俺にしか見せないって…。最愛の人が言う。
「全部、食べ終わったし…よし!」
細い体でケーキを二つ食べた想太。その姿を見るのはすごく嬉しいけど…。そろそろ家に帰って、俺も食べたいと思っていた。
この、かわいい子を。
「サイズ優先で、さっき買ったものだから…まぁ、あれだけど…」
そういってガサゴソと、荷物をあさる想太。
ああ、そういえば。昼休みにどこかに行ったみたいだな…。
「浩介さん。俺と結婚してください」
想太がおもむろに出してきたのは指輪。細くて、キラキラした銀の輪っか…。
「って…まだ学生だし…。俺はまだ頼りないかもしれないけど…必ず浩介を毎日幸せにするから。一生大切にするから!」
驚く俺。湧く店内。
俺の左手をそっと掴んで、指に輪を通す想太…。
「愛してるよ、浩介」
そう、俺に微笑みかけてくれる恋人は…。とても精悍で…涙が出るほどに愛おしい。
「想太…愛してるよ」
銀の輪っか…。小さなケースに入っていたもう片方のペアのやつ。
それを、想太の指に嵌めてキスをする。
次は俺が贈るからと、銀の輪っかにキスをする。
嬉しそうに笑う想太の手を引いて。店を出ようとしたら、追加のケーキがことりと置かれた。
テーブルに置かれた皿には『おめでとう』って英語で書かれたチョコレートの文字。
恥ずかしそうに、はにかむ想太はそれを平らげて、店を出る時もぺこぺこしていた。
想太…。昔なら、こういう事…周りの目を気にして絶対にしなかった。
感慨深くて、胸の奥がじわっとする。
「なぁ。今日の夕飯、何にする?」
スキップするように足取りが軽い想太。振り返って、にかっと笑う。
いつの間にか空は暗くて、遠くに夕焼け空。
「昨日の肉、俺が焼きたい」
二歩前にいる、可愛い恋人。駆け寄って抱きしめる。
あったかい想太。幸せの匂い。
「じゃあ、俺スープ作るよ。あ、なんか甘いもの買ってく?」
そうやって笑う顔。大好きで、大好きで。
「そうだな。今日、結婚記念日だもんな」
そう、強く手を握ったら、顔を赤くして頷く大好きな人。
ふたりで歩く家までの道。
顔を近づけて、キス。…しようとする前に、先に想太にされてしまった。
「浩介!これからも、ずっとずっとよろしく!」
強く握り返された掌。
一緒に帰る、道。
潤む視界を拭ってくれる優しい手。
その夜、コトコトと想太が煮込んだスープは。
甘くて、優しい。幸せの味がした。
俺はスープも、想太も。おいしいおいしい、と飲み干した。
心も体も、世界も。幸せでいっぱいになった。
俺は、一生。幸せだった。
end
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