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六月の夢のあと
  



傘、忘れたなぁ…。

六月の貴重な晴れ間。朝の天気予報では、そう言っていた。
昼休み、雲行きが怪しいと感じてはいた。
…やはり、降った。

今日は委員会活動日。部活もないので、この会議が終われば帰宅。
ぼおっと眺める窓の外。持続的に降り続ける雨。
これは途中でやむようなものではない。
駅まで走る…まぁ、仕方がないか。

『はっしー、初カレおめでとー!』

席の後ろで、女子たちの会話。小声のつもりなんだろう。
けれど、聞こえる。それはもう、ばっちりと。

『ありがとー』と、こちらはちゃんと小声。同じクラスの橋下さん。
風紀委員会。同じクラスからなので、座席が近い。

『びっくりしたよー。まさか、はっしーが青木と付き合うなんてー』

相手まで分かってしまう、女子の会話。
聞きたくなくても耳に入ってしまう。小声で話す意味…あるのだろうか。

『うん。私も最初は驚いたけど…青木君、すごく優しくって…』

青木…か。
同じクラスの後ろの席。プリント回すと大体寝ている、ふわふわした髪の男。
橋下さん、そういえば青木の隣の席。
…そうか、二人。付き合ってるのか。

『へぇー青木やるじゃん!』

どうやら青木の熱烈な告白で、ほだされたらしい。
柔らかい印象の男だったが、結構情熱的なんだな。

『はっしー、相多のこと好きだったよね…青木で本当にいいの?』

女子の会話。ほんの少しだけなのに、概要の全てが分かる。
相多…青木の反対側の隣の席。確か、青木と相多って仲良いよな。
…ん?なんか複雑じゃないか?

『うん。そうだったけど…青木君と話してたら…いつの間にか、好きになってた』

ほお。鞍替えか。
大人しそうな顔して…橋下さん。そうか。
そういえば、母さんも『好きな人よりも、好きになってくれる人と一緒になる方が、女って幸せになれるのよねぇ』とかドラマを見ながら言ってたな。
あんまり親のそう言う話を聞きたくなくて、聞こえないふりしてたけど…。女子ってそんな考え方するんだな。

『青木は、はっしーが相多のこと好きだったの知ってるの?』

なかなか、ツッコむな。
そう思っていたら、橋下さんは無言だった。
気になって後ろをちらりと見ると。首を振っていた。

ほお。青木は知らない。と。
言いかけたが、口に出さないようにした。


◇


「ん?井田。傘ないの?」

やっぱり、やむ気配はないな…。
そう思いながら昇降口で空を見上げていた。そしたら声をかけられた。
あ、青木だ。
さっきまで聞いていた話題の人物に、指差しそうになった。

「電車だよな?駅まで入ってけよ」

ふわり。と柔らかく、笑う。
そうそう、こんな感じ。やわらかい、この感じ。
今まで見た事ないような男だから、印象に残っていた。
まぁ、席も後ろだし。印象に残るのも仕方がない…ってなんだか言い訳がましい。

「ありがと。悪いな」

俺の方が背が高いから、傘を持とうとした。
そうしたら「お前はお客さんだから気にするな」
そんな風に笑われた。
ふわふわした髪と、白いシャツに水滴が付く。
大きめの傘と言えど、男二人では少し狭い。

「青木、傘持ってきたんだな。今日晴れ予想だったから、やめといたんだよな」

「ああ、ちがうちがう。前、持ち帰らなかったからだよ。まぁ置き傘ってやつ?」

そう、けらけら笑う。
睫毛が長い。口は小さい…と思っていたら意外と大きく開く。
笑う顔…爽やかだな。

「ああ、そういえば。俺でよかったのか?彼女いるんじゃないのか?」

そう言うと、え?と真っ赤になる顔。「さっきの委員会で女子たちが話してた」
そう伝えると、うわー。と更に赤くなる顔。

「ああ、井田って風紀だっけ?今日は友達と帰るって言うから、俺は暇なんだけど…なんて言ってた?橋下さん」

キラキラした目で、俺を見つめる青木。なんだか心臓が跳ねる。
不思議なことに、体が熱くなる。

『橋下さん。相多の事、好きだったらしいぞ。お前には言ってないらしいけど』

そう伝えようかと思ったけれど、さすがにやめた。

「青木の熱意にほだされたけど、今は好きって言ってた」

「うわー。女子たちってそんな話を…あーでも。そっかー、ちゃんと…あー、よかったー」

顔を赤らめて、嬉しそうな青木。耳まで赤い。
さっきまで大きく開けていた唇が、嬉しそうに緩む。
へにゃへにゃとした青木の赤い口…柔らかそうだな…。
湧いてきた、自分の感想に驚く。

「初恋でさ…ずっと片思いだったんだけど…。席、隣になったし…思い切って、頑張ってみたんだよ」

雨の中、至近距離。ふわふわした髪を揺らして、青木が笑う。
一世一代の告白。ものすごく、口説いた。そう語る青木。
友達からでいい。ゆっくり考えてくれればいい。でも、俺の気持ちを知ってほしい。
そう、毎日口説いたって。あんまり重くならないように、友達としての距離を守りながら、かわいいって。毎日伝えたって。
…そして、先日。ようやく良い返事を貰えたと。

想像以上の情熱だ。
聞いているこっちまで、胸が苦しくなる。そんな告白だ。

「俺ばっかり好きだと思ってたから…橋下さんの気持ち聞けて、すごく嬉しい。ありがとな、井田」

そう、俺の目を見て笑う青木。
その顔があまりにあれで、呼吸が止まる。
何も返事ができないでいるのに、青木は正面を向いて、嬉しそうに鼻歌をうたう。
こういう時に言うべき「よかったな」の言葉。
その返答が、なぜかできない。

駅に着く。傘がたたまれて、青木が遠ざかる。
肩がぶつかり合う、傘の中。
そこから追い出された気分。

「お、井田途中まで一緒か」

電車、同じ方向だった。
もう少し一緒か…。喜ぶ自分に驚く。

「まぁ、また俺の恋バナ、きいてくれよな」

別れ際、そう言って笑った青木。
花が咲くみたいに笑うんだな。
そんな感想が出てくる自分に、また驚く。

せっかく傘に入れてもらったのに、なぜか駅から家まで濡れて帰った。
傘を買えばよかったのに…。家に着くころはずぶ濡れだった。

長めに風呂に入り、その日の学習を終え、夕食を摂り、ベッドに転がる。
毎日同じルーティン。ベッドに横になると、大体すぐ眠る。
…なのに、今夜は目が冴える。

雨…まだ降っている。
六月…だから仕方がない。

傘の中。制服の白いシャツの青木。
清潔そうな、シャツと体。
肌、白い。でも、顔が赤かった青木。
好きな女子の事を、できたばかりの恋人の事を、やわらかい笑顔で嬉しそうに話す青木。
…以前、シャツのボタンが取れていることを教えてくれた青木。
直してやろうか?って、女子から借りた裁縫道具でボタンをつけてくれた青木。

優しいやつだ。いいやつだ。
彼女ができる。そうだろう。だって、あんなに…。

やめよう…これ以上考えるのは…。
でも、もう…。

湿度の高い寝苦しい夜。
何度寝返りを打っても、なかなか寝付けなかった。


◇


「おお、井田。これから部活?」

「ああ、青木は?」

渡り廊下。そこで会った。下校時刻までは一緒の教室。
でも、放課後に会うのは久しぶりだった。

橋下さんを待ってるところ。
と、家庭科室を指さす青木。

ああ、まだうまくいってるんだな。
そんなふうに思う。

「暇なら見に来るか?」

思わず、誘ってしまった。すると「うん!」と笑う。
となりに並んで体育館へと向かう間。
不毛だな…と。そっとため息。

でも…。

「井田かっこいいな!」

気合が入ってしまった部活の練習。
笑ってくれる青木、褒めてくれる声。
家庭科部が終わり、そちらに向かう後ろ姿。

もう、流石の俺でも気づいてしまった。
青木…。
もっと一緒に居たいな…。そんな風に。



「お!イケメーン!お前も参加するんだな」

誘われて、初めて参加した合コンというもの。
そこに何故か相多がいた。

「え?無反応なの?井田、今日は合コンよ?ノリが一番大事なのよ?」

相多の一方的な話。でも、それでなんとなく分かった。
相多が居ないと、この会がうまくいかない。ということを。

「やっぱり、相多すげぇ…」

チームメイトが感嘆している。
派手な姿の他校の女子たち。相多が居なければ会話も成り立たない…。
テレビの司会者のように、一人で場を回してくれている。
なるほど、確かにすごい。

「やれやれ、バレー部。お前らも頑張れよなぁ」

徐々に相多がいなくても互いに話をするようになった面々。
俺の隣に腰掛けて、ため息を吐く相多。

「盛り上げてくれるために来てくれたんだってな。ありがとな相多」

そう言うと、いいってことよ!と肩を叩かれる。

「つるんでる奴がさー、最近彼女できて、暇してたからさー、まぁ、たまには?」

「ああ、青木か…」

口に出してしまっていた言葉…。まぁいいか。

「お。知ってんの?そういえば最近おまえら仲いいな」

そう、笑う相多。相多に仲良いと思われているのか…。それは良かった。

「おやおや、そんな話をしていたら…ほら、見てみ。あれ」

相多が指さす方、そこには恋人たち。
互いに頬を染めて歩く、青木と橋下さん。

「最近ずっとあんな感じよ…まぁ、念願の初恋が叶ったようだから、邪魔しないでやってるけどね…ってオイ」

合コン中。同じ席にはチームメイトと、他校の女子。
なのに、席を立って店を出ていた。
どこかへ向かおうとする二人。呼び止めて、店内に促した。

「ん?あっくん。何してんだよこんなとこで」

「いや、俺はお前が来たことよりも、井田の行動に驚いている!」

青木と相多の会話。不思議そうな顔をする同席の面々。
でも、その中で俺は橋下さんの顔を見る。
…やはり。相多を見ている。ショックを受けている。

「え?合コン中?井田、合コンとか参加するんだなぁ」

青木の驚く声。青木の嫉妬を期待して顔を見る。
「意外だ…」と俺を見つめる顔。かわいい…。もう、感想が誤魔化せない。

「青木が居てくれるなら。その手を握って、こんなところ。すぐに出るけれど」

そう、言い出したくなる。でも、青木は橋下さんの手を握っている。
馬鹿だな。橋下さんはまだ相多を見ているのに。

「俺たちお邪魔になるし、他のところ行くよ…じゃあな」

そう言って、立ち去る青木。
隣の彼女、ショックを受けたまま、視線を相多に残したまま、なんとか青木についていく。

「いやいや、井田…お前、けっこう突拍子もない事するなぁ」

相多が俺の肩に手を置く。

「俺は…相多と橋下さんがお似合いだと思うんだけどな…」

そう言うと、相多の目が細まる。

「何で知ってんの?」

相多の声は冷たかった。


橋下さん。相多に告白していた。
でも、振られていた。何も知らない青木は、その間もずっと彼女に愛を囁いた。
ずっとずっと囁いた。
彼女の失恋の傷、それを青木は癒していた。
好きだと言ってくれた男。あの女はそれに靡いた。

でも、それでも。まだ心の中に大きくいるのだろう。
だから、相多が合コン…。ショックを受けたのだろう。

早く別れろ。

もう、それしかない。
早く、早く。別れてくれ。
青木の初めてをこれ以上盗らないでくれ。
そろそろ、俺に代わってくれ。

もう、そんな風にしか思えなかった。


◇


事件というものは突然起きる。
高校3年、秋の事。

彼女にいいところを見せたい…と。
2年の頃は低かった青木の成績。それがいつの間にか俺と同じくらいになった。
最高峰。そこを目指すと、励んでいた。
まぁ、このクラスなら…そうなるよな。大学…もしかしたら同じところに…。
そう、期待しながら受験生活を送っていた。そんな秋。

難関大学の薬学部。そこに推薦が決まった橋下さん。
何を妬まれたのか、その日は主役になった。

皆、18になる。大人になる。そんな最終学年。それなのに随分と幼稚な奴がいたもんだ。

『二股かけた最低女』

黒板に、相多と一緒に写る橋下さんの写真。
写真の二人は、ただ一緒にいるだけ。浮気の現場でもなんでもない。

でも、当事者たちを傷つけるには十分過ぎた。

俺がまず確認したのは、もちろん青木。
青ざめた顔、でもその後すぐに、写真を丸めてポケットにいれた。
黒板の文字もすぐに消した。

でも、それを相多が見ていた。橋下さんは青木の隣にいた。
泣いてしまった彼女を教室から連れ出す青木。

相多はそっと教室を出た。
俺も、喧噪の教室から飛び出した。

校舎裏。三人の会話を盗み聞く。
彼女の言葉を期待した。
「ごめんなさい。やっぱり相多くんが好き」
そんな彼女の言葉を。

でも、あの女。そんなことは言わずに泣いた。
慰める青木。もう、昔の事だから。と青木を慰める相多。

ここに入れない自分がもどかしい。
三人の世界。蚊帳の外の俺。

なぁ、もういいだろ。
その人、俺にくれないか?
そう言って、連れ去りたいのに…。
青木はずっと女を抱きしめたまま。
「美緒ちゃんの事が大好きだよ…」
そう言って、泣くだけの女に愛を囁き続ける。

もうやめてくれ…。切ない青木、頭にくる…。


駅のベンチ。そこでぼおっとしている青木がいた。
学校ではずっと女の側に居た。
一人になって、緊張の糸が切れたのだろうか?
酷く暗い顔をして、座っている。

「…かっこよかったよ」

そう言って、温かい缶の紅茶。それを渡す。

「…井田」

俺を見つめる、青木の目。それが潤んで濡れている。
隣に座り、肩を抱き寄せた。
声を出さすに涙を流す青木。
その手を握った。

男泣きの友人を慰める。そんな風に見えるだろう。
でも、肩を抱いて、手を握っている。恋する相手の体に触れてる。
世界で一番幸福だ。そう、叫びそうだった。

電車、空いた座席に隣同士で腰掛けた。
俺の肩に頭を乗せる青木。手は握り続けた。

揺れる車窓を眺めながら、意識は完全に隣の人に向かっていた。
このまま、連れ去りたい。
終点などなければいいのに…。
列車ごと揺れる体…。ずっと二人でいたいのに…。
願えば願うほど、苦しかった。


◇


そして、幾年。
ふたたびの六月。
薔薇の薫るガーデン。そこで、俺は彼を待つ。

同じ大学に進んだ青木と俺。
相多から奪った親友の座。
同じ部屋で、何度も共に寝た。
シャワーを浴びる、彼の姿態。それも見た。

でも、出せなかった手は、今でも臆病なまま、何もできずにいる。
だから、こんな日を迎えている。

「感慨深いよなぁ…」

そんな事を俺の隣で言う相多。なぜか涙目の相多。

白いチャペルの式場。中に案内された。
当然のように俺の隣に座る相多。
これから始まる拷問の様な時間。

白いタキシード、綺麗な子が身に纏う。
穴が開くほど見つめるのに、彼はこちらを見ない。
これから開くはずの扉。そこをただ見つめている。頬を染めながら。

さっき、控室で話をした。
緊張する。そう言って笑う青木と。

「タキシードを着るんだな…」

そう言ったら「教会で袴は着ないだろ」と笑って返された。
そうじゃないんだけどな…とは言えなかった。

扉が開き、大きな男と共に花嫁が歩いてくる。
きれい…と席から聞こえる声。
父と歩くバージンロード。それに感動しているのだろう。
花嫁はベールの下で泣いている。
そんな姿を、睨んでしまう。

新婦が入場し、新郎の手に渡る。
結婚の誓い。二人の一生の誓い。
それがこれから行われる。

なのに、俺は未だにぼおっと見ていた。
白いタキシード、似合うな。隣のウエディングドレス、あれも絶対似合うな。
そんな馬鹿な事、考えていた。

華奢な体。白い肌。ドレス…絶対に似合う。
レースのベールをめくったら、美人な青木。
キスして誓いたい。俺も未来を誓いたい。
青木との未来を。一生の愛を。

夢のような結婚式。気付いたら涙がこぼれていた。
二人は口付けをした。俺の前で。
幸せそうに…結婚をした。
いつ、奪おう。そう思っていたのに。絶望の体は、拍手なんかで二人を祝った。


「そんなに感動してくれるなんて、やっぱりいい奴だよな井田って」

ガーデンウエディング。赤い薔薇が映える緑の庭。白いベンチ、そこに座っていた。
そうしたら隣に、青木が座った。白が似合う、可憐な青木が。

「今まで、ありがとな。井田が支えてくれなかったら、ここまで来れなかったと思う」

照れた顔、可愛い顔。世界で一番好きな顔。すごく綺麗な、顔。
タキシードの胸元に飾られた花。それを青木がくれる。

「ブーケは美緒が友達にあげたから、これで我慢してな。…次は井田が幸せになる番」

白いタキシードに赤い薔薇。こんなの似合うのお前ぐらい。
「これからもよろしくな、親友」そう綺麗に微笑んで、大好きな人はハネムーンに旅立った。
休みまで取って、追いかけた成田。ずっと可愛い花婿を奪う機会を窺っていたのに…。
幸せそうに笑う彼があんまりにも美人で。涙を飲んで空を見上げた。
雲を抜ける大型旅客機。あれ、かな。なんて、思いながら。

明けない夜はない。
そんな風に云うけれど。
明けなくていい…その夜はそう願った。
彼が俺のものにならないなら。明日なんか要らない。そう、願って泣いた。

俺の初恋…。どこに行った。
俺の、好きな人…。どこに行った。



◇



「うわっ。え?なんでこんなとこ?ちょっと、起きろってば…」

鍵を開けて、電気をつけた。
すると、靴箱にもたれかかる彼氏がいた。

「…おかえり」

「ただいま…って、こんなところで…寝てたの?」


朝、6時。始発で帰ってきた。
今日は日曜日。お互いに休み…だけれど…。

「浩介…ほら、体冷えてる。風呂、入ろう?」

うん…って子どもみたいな彼氏。抱え上げると、もたれかかってくる。
完全に甘えん坊。もしかして…夜中、玄関にいたの?

昨日はあっくんと橋下さんの新居に呼ばれた。
浩介は仕事でいけなかった。だから俺だけでお邪魔した。
結婚式と新婚旅行を終えて、二人は新生活。
お邪魔していいの?って聞いたら、なんと家族が増えるんだって。
おめでとう!なんて、三人で盛り上がっちゃって、気付いたら電車が終わってた。
車で迎えに行く!って浩介は言っていたけど、橋下さんに泊まって行って!と言われて、甘えてしまった。

浩介…。すごく、残念そうにしていたけど…。まさか、玄関で俺の帰りを待ったまま寝るなんて…。

浴室。男二人で立ったままシャワーを浴びる。
浩介の体、冷え切ってる。
六月とはいえ、夜はまだ冷える。玄関先で寝ていたら、そりゃあ冷える。

「また変な夢見たの?」

髪を洗ってあげながら、訊いてみる。
ずっと腰に手を回されている。甘えられている。
こういう浩介、本当にかわいい。

「俺、想太と結婚したい…」

「うん。しような」

下を向いている浩介の髪を泡立てる。
甘えたがりの彼氏が、頭を俺の肩にのせてくる。

「ほら、髪流すから。目を閉じて」

シャワーを頭からかけてやる。
流れる泡、こんなもんかな?と思っていたら、胸にしゃぶりつく浩介。

「んっ…こら」

「想太、ウエディングドレス着て…」

胸をしゃぶりながら、彼氏がおねだり。
一体どんな夢を見たのやら…。

「いいよ」

そう返事すると「ええっ?」と驚く彼氏。

「浩介が言ったのに、なんで驚くんだよ」

「いや、了承してもらえるとは…」

人に髪を洗ってもらって、その隙に乳首舐める奴が、何を今更、殊勝に…。

「仕方ないだろ、恋人が不安がってるなら…願い叶えるのが彼氏ってもんだ」

「想太…大好き」

はいはい。知ってるよ。俺も大好き。
そう言ってキスをすると、浩介の顔がほころぶ。

「タキシードも着てほしい」

「ああ、それは。もちろん。むしろ、それが一番いい」

「白無垢も着てほしい…」

「はいはい。なんでも着ますよ」

「じゃあ、ミニスカート…」

「おまえなぁ…」

体を洗ってやっていたら、浩介も俺の体を洗ってきた。
浩介の気力が回復してきているのが分かる。

「ねぇ、元気でた?」

「うん、でた」

ようやく彼の瞳が明るくなる。
元気でたか…なら…。

「ねぇ。じゃあ、そろそろ…これ。ちょうだい…」

自分でも可笑しくなるほどの甘ったれた声。それで彼氏におねだり。
だって俺も、浩介に甘えたい…。

「想太…すごく、好き!」

服を脱がせる前から、大きかった浩介のペニス。
それに指を絡ませて、おねだりした。

びくびくってずっとおっきいから、髪を洗ってあげながらも期待していた。
だって、昨日は久しぶりにエッチしてない。
あっくんとオールで飲んでおきながら、少しさびしかった。
体が疼いていた。

きゅぽん。とローションの蓋が開く音。
そこからぬるぬると、ずっと粘液で濡れる互いの下半身。
愛してるよ。って優しい浩介の声。
ちゅ。ちゅ。ってキスをされながらの、挿入。
堪らなくって…どうしようもない。

「ああっ…ん♡」

どうしても、響いてしまう浴室でのセックス。
お互いの手で、髪をかきあげて。互いの瞳に情欲を確認して…。それからまたキス。

「想太が、他の人と結婚する夢見た…」

ゆっくりとピストンをしながら、そう、呟く浩介。
快楽でおかしくなるのに、浩介が寂しそうだから、ちゃんと答えなきゃ。そう思う。

「ん?誰としてたの?」

「…言わない」

うーん。どっちだろ?あっくんか橋下さんか。
浩介は一度も文句を言わないけれど。俺があの二人と仲良くしているのを、心底歓迎はしていない。
多分、俺に気を遣って言わないんだろうけど…。

「浩介…大好きだよ」

俺の胸を弄り続ける浩介の左手。上から手を添えて、彼の薬指を撫でる。
指輪…。互いに贈りあって、その指に嵌めた指輪。
でも、確かにこれだけじゃあ足りない。

「入籍…しちゃう?」

男同士。結婚はまだこの国ではできない。
でも、関係を法的に認められる。そんな手段はある。

「うん。したい。強めのもので、想太を縛りたい」

「あんまり痛くしないでね」

「…なるべく頑張る」

ふふ。って笑ってしまう。
極太のエラの張った勃起チンコ。
こんなでかいもので内臓ぐちゃぐちゃになるほどピストンされてるのに…。
はじめての時は、すごく痛かったのに…。今はもう…。

「んっ…♡こーすけ…きもちいい…♡」

「想太…っ、想太っ…」

ばちゅ。ばちゅっ。ってすごくエロい水音。
気持ち良すぎて、喘ぎが止まらない。
浩介の逞しい体。そこに縋って、何度も強請る。
もっと、もっと。って。何度も、何度も。



「あ、相多家に家族が増えるんだって」

バスタオルごと、ベッドにゆっくりおろされて。
腕を絡めて、跨る浩介を見ながら告げる。

「…想太、中でだしていい?」

さっきまで挿っていた熱いモノ。またすぐに挿ってくる。
今更何を…。そう思うけれど、うん。って頷く。

「想太…気持ちいい…」

「ああっ♡あんっ♡もぅ…ああっ♡」

ずぶっずぶってゆっくりとした動きだったのに、どんどん早くなる抽挿。
「想太の赤ちゃん欲しい」って言いながら、激しくピストン。
…一体何に、対抗しているのやら…。

「んんっ♡こーすけ♡おれもっ…こーすけのあかちゃんほしいっ…♡」

そう伝えて、過激な動きで汗を吹く彼氏にキス。
すると加速する快楽。

「大好き」

二人で声があってしまった。射精…それも合ってしまった。

はぁはぁと。肩で息するお互いを見て、なんだか笑う。二人で笑う。

室内時計…見ると、もういい時間。
もう一度、シャワーを浴びたら、一緒に行こう。
雨の日、車で。買い物にでも行こう。

「今日の夕飯、何にする?」

まだ朝食も食べていないのに、こんなこと。
でも、これって二人だけの特権じゃないか?
すぐ先の事、すごく先の事。未来の事をふたりでさ。どうする?なんて。素敵な事。

「想太を食べたい…」

「おいおい猟奇的だな」

笑い合ってまた、キス。
六月、雨で気持ちが塞ぐきみ。
ならば、ずっと手を繋ごう。
これからくる夏も、二人で笑い合えるように。
今日も、一日。側にいよう。

                   
終




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