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またね
人生にもしも、があって。
好きなところからやり直していいよ。
なんて神様に言われたら。
やっぱり、あの日かな。
と、思う。
◇
放課後の屋上。
最初の待ち合わせ。
「俺も、青木の事好きだ。付き合おう。これから宜しく」
「…け…消しゴム…」
消しゴムのこと、誰にも言わないで。
…って言いたかった。
なのに。
「…想太。可愛い」
チュッ。って
撫でられて、頬にキスされた。
「だーーっ!!やめろーーー!」
唇を撫でてきた、そして近づいてきたから。
力の限り突き飛ばした。
「なんで!なんで!?そうなる??つーか、お前。なんで俺の下の名前知ってんだよ!!なんで呼ぶんだよ!!あー!なんで、ほっぺた!ちゅーした!??」
奥ゆかしい橋下さんの想い人。井田。
橋下さんから借りた消しゴムに彫ってあった名前。井田。
成績の良い、バレー部員。井田。
背が高くて、寡黙で、硬派な男前、井田。
それくらいしか、俺の中のこいつの印象はない。
ああ、そうだ。肝心なのがあった。
俺の想い人の橋下さん。彼女の好きな人、それが井田!!
よく考えれば、ライバルなんだ。こいつとは。戦う前から諦めていたけど。
それなのに…。
「言っただろ。想太が好きだって。知ってるのは、名前だけじゃない…」
結構な力で突き飛ばしたのに、何食わぬ顔で至近距離。そして、慣れた感じで腰に手を回してくる。
おっと。硬派ではないな。これ。
なんで、シャツをスラックスから出そうとする?素肌を直接触ってくる?背中、撫でるな。やめろ。
「…想太。俺の事、好きなんだろ?消しゴムに名前彫って、ハートまでつけて。俺も想太が大好き。ずっと一緒にいよ。一生、幸せでいよう」
つつ…と。
背中を這う、井田の骨ばった手。
ぞわぞわってして、体が震える。
えっと。どうしよう。もう、全部言おうか。
あの消しゴム、本当は俺のじゃ無いって。
教室では、咄嗟に嘘ついてごめん。って。
早く、正直にならないと、多分やばい。
また唇を触られる。そして、近づいてくる。
硬派は消えた。でも、美形は強くなった。
井田が瞼を閉じる。スローモーションのように、唇を近づけてくる井田。
…ここで、俺も目を閉じると、どうなるんだろう?
「ぎゃーー!!!やめろ!!」
もう一度、突き飛ばす。でも、突き飛ばせない。力で負けている。
仕方なく井田の顔を抑える。
すると抑えた手を握られる。力が強い。
やばい。これは、貞操の危機。
なのに、心臓がドラムの早叩き状態。
橋下さん、面食いだよなぁ。
なんて、暢気に思ってる自分もいる。
ドキドキしちゃう乙女も出てくる。
だめだ。何故、乙女でてきた?
乙女に用は無い!俺が好きなのは橋下さん!
「ちがっ…消しゴム、本当は俺のじゃ…な」
チュッ。って
キスされた。軽く、ふんわりと。
口に。口に!!
「俺のじゃない…んっ」
また、キス。
「俺のじゃないのに…俺が好きなのは…んんっ…」
喋ろうとすると、口を塞がれる。口で。
泣きそうだ。そう思っていたら、頬に熱いのが伝う。ああ、もうとっくに泣いてた。
井田の肉厚な舌が入り込んでくる。
許容量を超えている。抵抗なんてものが、もうできない。されるがまま、キスを受ける。
「…うう…ファーストキスだったのに…」
「うん。うん。もっと一緒に初めてをしていこうな」
って、また。キス。
ごめんなさい。橋下さん。
応援するつもりが、キスしてしまった。
俺のファーストキス。男とだった。
なんで、こんな事に…。怖い。井田、怖い。
でも…。
「想太、大好きだよ」
ニコって笑う顔が、すごい。
勝手に塗り替えられそうで、急いで好きな人の顔を思い出す。
バレンタイン。勇気がなくて…と。はにかんだ哀しい笑顔。
こいつに、こいつのために用意された、あの甘い味。はにかむ彼女が愛しくて、切なくて。
俺だったら、この人にこんな顔させないのに…って。
「一緒に帰ろ。俺の家、今日誰も居ないから」
また、ニコってした。
とんでもないことを言っている。
連れ込もうとされている。
普通に付き合うことになったカップルだって、初日にキスして、家に入るか?
色々とすっ飛ばし過ぎだろ!
橋下さーん!こいつ、こんなスケコマシ野郎ですよー!あなたには勿体無いですよー!
「はいはい。時間ないから早く行くぞ」
腕を引っ張られる。時間、無いの?なら、一人で帰れよ。
そう言ったら、うちに朝まで居てくれるならいいけど。帰らずに泊まる?
って、平気な顔で返された。
怖い。泊まったら、何されるの?
そう思うのに、引っ張られた腕を解けなくて。大人しく着いていってしまう。
すると、振り返ってまたニコって笑われる。
橋下さんの笑顔に霞がかかる。だめだ。だめだ。彼女の顔を無理矢理思い出す。
掴まれる箇所が、腕から手に変わる。
手を繋いで屋上からでて、階段を降りる。
こっちの校舎棟には2年の教室しかなくて、俺たちが手を繋いでいる様を、同じ学年の奴らがマジマジと見てくる。
『お前ら付き合ってんのかよー』
なんて、名前も知らない同級生に揶揄われる。
これが、嫌だったんだ。こういうものから、橋下さんを守りたかった。
「そう。付き合ってる。お前も恋人できるといいな」
って、井田が返事する。相手は何も言えなくなって、顔を真っ赤に駆けていく。
…なんなの。コイツ。
駄目じゃん。勝てないや。
ライバルなんか、なれやしない。
橋下さん…見る目あるな。
荷物を教室に置いたままなので、取りに行く途中。
あっくんと…橋下さんに遭遇した。
やばい。と、思いっきり井田の手を離した。
傷ついたような顔が視界の端に残る。
「青木、井田と一緒だったの?教室閉めるっていうから、お前の荷物持ってきた」
「井田くんの荷物、悪いと思ったけれど、私が持ってきたの。はい、これ」
良かった。見られてなかった…。
俺はあっくんから、井田は橋下さんから荷物を受け取る。
「ありがと…」
あっくんにそう言いながらも、俺の視線は井田と橋下さんに向かう。
うん。やっぱりお似合いだ。
「あっくん帰ろうぜ。井田、女子を一人で帰すなよ。じゃーな」
友達の腕を掴んで、無理矢理引っ張る。
自転車通学の友達。今日は奢るから付き合ってくれ。
「駄目だ。今日は俺の家にくる約束だろ」
まさかの襟首を井田に捕まれるという。
ぐえって蛙みたいな音がでた。
やめてくれ。当て馬なんかになりたくない。
お前とこれ以上いると、俺、おかしくなる。
早く井田から離れたくて、あっくんを急かして逃げようとしていたら…
「良かったら!4人で帰りませんか!?」
顔を真っ赤にして、橋下さんが大声で提案。
橋下さんに視線が集中する。
いや。あっくんと俺、居ない方がいいと思う。
なんと言えば橋下さんと井田が二人きりになれるのか。
それを考えていたのに、隣のチャランポランが「いいねー!」なんて言う。
いや、良くないから。
◇
手の甲同士が、ぶつかる。
握りたそうに、指先を当てられる。
勘弁してくれ。そう思って井田側の右手を制服のスラックスにしまう。
ため息をつかれる。
なんだか、すごく悪い事をしているような気になる。
「あ、そういえばさ」
橋下さんと前を歩く、自転車を押したあっくん。何かを思い出したように、振り返る。
「さっき、青木と井田が手を繋いでたの、なんで?」
…ああ、見られてた。しかも。こいつストレートに地雷を踏んできやがる。
「いやー、コンタクトがずれてさー。見えないと危ないからって井田が手を引いてくれて…」
「付き合ってるから。青木と俺」
用意していた言い訳を無惨に打ち砕く、井田。
違う。と橋下さんを見る。
「わー!おめでとう!二人、お似合いだね♪」
んん?
「ありがとう。橋下さんも早目に告白した方がいいよ」
井田が橋下さんに告白を促す。
んん?なんだこれ。
「え?これ、オレ、部外者じゃね?」
いや、あっくん。あー、まぁ。そうなんだけど。でも、それに気づいても俺を置いていかないで。
「いや、当事者だろ。橋下さんが好きなのは相多なんだし」
「は??」
声にでる。何言ってんだ井田。
どういう勘違いをしたら、そうなるんだ。
お前の事が好きな橋下さんに、お前がそんな事言うなんて…!クソ。ムカつく。
「お前、ふざけるなよ!橋下さんが好きなのはな…!」
「好きです!相多くん!!」
ええー。
井田の襟首を掴んだ手が、行き場を失う。
殴ってやるくらいの気持ちで、掴んでしまったのに。彼女の告白で、パニック。
「え?橋下さん。オレのこと好きなの?」
自転車を止めて、あっくんが酷く冷静に応える。
「橋下さん…?え?井田が好きなんだよね?」
懇願するように訊ねると、橋下さんは真っ赤だった顔を少し冷まして「え?ちがうよ」って言う。だって、消しゴム。井田って…。
「消しゴム?今日青木くんに貸したやつかな?アイダくんって書いていたけど…そっか。使ってるうちにイダくんになっちゃったのかも」
ええー。マジですかー。…まぁ、消しゴムだし、消したら消えるかー。いやいや、えー。
「青木くんと、井田くん。おめでとう仲良くね♪」
「ありがとう。じゃあ、俺たちはここで」
橋下さんと井田は、とっとと二人で会話を終わらせてしまった。
脳みその処理が追いつかない俺は、井田に手をひかれて拉致られてしまった。
俺の手をしっかり握って、嬉しそうにしている井田。
その顔を見る度に、胸の動悸が酷くて…。
風邪ひいたかな?って、ごまかした。
番犬がけたたましく、吠える。
ザ・和風の井田の家。この出迎え方、ウェルカムな感じはない。
「こら豆太郎。想太に吠えない」
足元にじゃれつく犬を抱いて、頭を撫でる。
優しい顔…いいなぁ…。
あー、違う。違う。だめだ。ときめくな。
「豆太郎、想太は俺の大事な人だから、な」
あー、だめだ。顔が熱い。普通に嬉しいって、すごくそう思ってしまう。
豆太郎と呼ばれた犬。井田に撫でられて、嬉しそうに尻尾を振っている。
良かった…俺には尻尾が無くて。
こんなもんがあったら、俺は千切れるくらいに振っている。
そんな姿が、バレたら恥ずかしくて死ねる。
「想太、豆太郎はもう大丈夫だから。ほら、おいで」
手を差し出される。ごつごつとした、男っぽい手。
バレー部か。ボール、これだけ手が大きかったら、打ちやすいのかなぁ。
そんな事を思って誤魔化す。井田の手を素直にとる自分の行動を…。
「部屋に想太がいるの…感動する」
すごく、嬉しそうに。井田が笑う。
ああ、なんだこれ…。すごくドキドキする。
飲む?なんてお茶を出してくれる。ありがと…ってグラスを受け取る瞬間、振れる指。
「想太、緊張しすぎ」
ハハッって大きく笑う井田。ああーもう。こんな事にまでときめくな俺!
グラスを両手で受け取る俺の顔を井田が触る。頬をゆっくり撫でてくる…。
「想太…かわいい…」
また始まる、ドラムの早叩き。心臓が大変。
スローモーションで近づく、井田の顔。
ああ、ダメだ…。俺も自然と目を閉じてしまう…。
唇…。受け入れてしまう。
ゆっくり、ゆっくりと。唇を重ねあう。
今日、はじめてしたキス。
なのに…今はもう、何回目かわからない…。
何度も何度も、角度を変えて、くれるキス。気持ちいいキス。
そして、糸を引いてゆっくりと唇が…離れる。
「想太…あいしてる。大好きだよ…」
そう言って、俺の唇を撫でる井田…。
すごく違和感はある。だって昨日まで…井田にそんなそぶりはなかった。
でも、今の井田は…まるで何年も一緒にいた人かのよう…。
ずっと、ずっと前から…恋人だった人のよう…。
「想太とキス…夢みたいだ」
そう言って、きれいに笑う井田。
ああ、もうダメだ。俺、井田が好きだ。大好きなんだ。
「抱きしめていい?」
いきなり人の唇を奪った癖に、そんな事を確認するなんて…。変なの。
ちょっと面白くなっちゃって、笑っていいよ。って言った。
「ああ、想太…。想太だ…」
井田は、泣きそうに。俺を抱きしめた。
すごく優しいのに、強い力で…ぎゅうって。
それから俺たちは、色々と話をした。
ベッドの上に二人で座って。
お互いの好きなもの、好きなこと。俺は井田の話を聞くのは初めてだったけど…。
井田は、うんうん。と、まるで全部知ってるかのようだった。
そんな優しい井田の顔に、俺のときめきは加速していった。
「もう…こんな時間か…」
時計、8時を過ぎていた。
楽しくて、時間を忘れた。そっか…帰る時間だよな…。
「想太、送らせて」
そう言って、手の甲にちゅっとしてくる井田。
なんだよ…もう。お前、本当に高校生かよ…。
「あのさ…今日、本当に親、帰ってこないの?」
「ん?そうだよ。想太…泊まってく?」
からかうように笑う井田。でも、俺は…うん。と頷いた。
「あー…冗談だよ。すごく嬉しいけど…流石に…」
「さすがに…なんだよ」
ちょっとムスっとして、井田に訊く。すると井田は照れたように、首を掻く。
「想太と二人っきりで夜を過ごして…流石に手を出さないでいるのは…厳しい」
初めてぐらいに顔を赤らめる井田。おー、初めて余裕ないところを見た…。
「…まぁ…俺たち…付き合ってるんだし…ちょっとぐらい…」
自分で言っておいて、驚く。いやいや、今日付き合い始めたばかりだ。
なのに、俺。自分から何言ってんだ…?
わー。と恥ずかしくて下を向いていると、抱き着かれる。
「想太…ちょっとじゃすまないけど…いいか?」
首筋に吐息。井田の、熱い息。
背中に伝わる、井田の心音。早鐘の様な、元気いっぱいの心音。
それを聞いて、俺は…頷いて、受け入れた。
風呂、借りた。服…も借りた。
先に風呂に入らせてもらったので、今はベッドで待ってる。
井田が風呂から上がるのを…。
借りたスウェット…ウエストのところが緩くて下がる…。
紐が無いタイプなので、立ってしまうと、腿まで下がる…。
うーん、どうしようか…。そう思って一度脱いでみた。
すると、ちょうど井田が部屋に戻ってきた。…タイミング悪すぎ…。
井田が、俺の脚を見ている…。借りたスウェットの下を脱いで、Tシャツ一枚の俺。
…どんだけやる気だ?そう思われていたら、どうしよう…。
「いや、これは!ウエストのとこ、ゆるくて!脱げただけだから!やる気満々とか、そーいうのじゃねーから!」
一生懸命、取り繕う。井田は笑いながら、俺に近づいてくる。
そして、俺を抱きしめる。優しく、耳元で囁いてくれる。
「服、サイズ合わなかったな。ごめん」
そう言って、耳たぶにキスをくれる。「想太の脚、すごくきれいだよ」そんな事も言いながら。
「井田…」
顔が熱くて仕方がない。ベッドで待ってる間、親には友達の家に泊まるって連絡した。
確かに、昨日までは友達…でもないな。ただのクラスメイトだった。
それなのに、急に。今日から恋人なんて…。なんだろ?これって。
「想太…好きだよ…」
井田の唇が熱い。…きっと俺もだ。
背中、撫でられる。ベッドに押し倒される。
下から見上げる男前…。もう、すごく好き…。
ああ、これってもしかして。
「想太、大好き」
ニコ。って笑う井田。
撥ねる心臓。
ああ、わかった。これ、運命だ。
「想太…辛く、ないか?」
シングルのパイプベッドに男二人。
マットレスのスプリングが軋む。
すごく丁寧に愛撫されて、喜ぶ俺の体。
…それなのに、気遣う井田。
「つらく…ない…だからぁ…いだぁ…」
指、自分でも触ったことが無いところに挿れられてる。
親の借りてきた…って言って、透明の美容液。体中にかけられた。
ぬるぬるとした透明な液は、俺の体をおかしくした。
これから、井田が入ってくるところ…とろとろにした。
「ああ…っ!」
ここ、気持ちいい?そう言って井田が指を曲げたとこ。
コリコリってされて、体が跳ねる。思わず射精しそうになる。
「きもち…いい」
そう答えるのがやっと…。ずるい…井田ばかり余裕で…。
そう思って、井田の顔を睨んでみた。
…全然余裕なかった。
「想太…痛かったら…言って?」
言ったとして…止まれるのかよ。お前のソレ…。
そう言いそうになる。俺に跨って、丁寧な愛撫を続ける井田…。
優しく…すごく優しく、髪を撫でる井田。
落ちてくる玉のような汗…。すごく、色っぽくて…、もう。無理。
「いだぁ…いいから、もう…」
お願いすると、キスが降ってきた。
汗、おれもすごい。
胸。弄られて、気持ち良くて悲鳴をあげたら、すごく熱い塊が、濡れたところにあてられて…
…挿ってきた。
「想太ッ…想太…!想太!」
叫ぶように俺の名前を呼ぶ、井田。
汗…だと思ったら、涙。
…なんでお前が、泣くんだよ。
「ごめんっ…痛くても、止まれないっ!想太!好きだっ…」
パンパンパン。と体同士が強くぶつかり合う音。
馬鹿みたいに喘ぐだけの俺。ああ、なんてことだ。
「いだぁ…あああっ♡どうしよう…あっ♡あっ♡おれっ…」
乳首、強く摘ままれる。あああんっ♡って、どうしようもなく漏れる声。
「どうしよう…んんっ♡いたくないっ…痛くなくって…あああっ♡きもち、いいっ♡♡」
俺の訴えを聞いて、井田が微笑む。それは嬉しそうに…。
そして、儚げに。なんだよ、それ。こんなにガンガン突いてきて、どうして井田がそんな、なんだよ。
「想太…あいしてる。あいしてる。ずっと、ずっと愛してる」
井田の涙、どんどん溢れる。おれ、気持ち良くて飛びそうなのに。
そんな風に井田が泣くから心配になっちゃうだろ…。
「俺も、井田の事、愛してるよ…これからもよろしくな」
そう言ってやった。そしたら、また泣いた。
もう…泣き虫なんだな…お前。
そう思って、熱い体を抱きしめた。
きつく、きつく。抱きしめた。
◇
目が覚めてしまった…。
瞼を木漏れ日が刺激する。
ああ。いい夢だった…。
彼に会えた。ちゃんと、愛しあえた。
柔らかい髪、また触れる事ができた。
電子機器、数本の管で繋がれた腕を見る。
さっきまで彼を抱きしめていた腕とは、まるで違う。でも仕方ない。これが、人の世の常。
彼がいなくなってから、初めて彼の夢を見た。
そろそろ、本当に会えそうだな。と、嬉しくなる。
今は…左手を持ち上げるにも一苦労。
でも、彼を感じたくて、最早、引っ掛けるだけのリングを見る。
骨と皮だけになった指に、ふたつ。プラチナが光る。
どうにか、口もとまで運んで、口付ける。
記憶を追いかける。彼の赤い唇。
何度も、何度も。口付けた、あの…。
愛してるよ。
最期、そう。言ってくれた。
受け入れられずにいる弱い俺に、また会えるから。って、笑って。
苦しいはずなのに、最期まで、鮮やかで。
仕方がない。それは分かっている。
何事にも終わりがある。
でも、想像していた以上に、彼の去った世界が空しくて。
「浩介を残すのが、心残り」なんて、掠れた声を思い出しては…早く会いたくて。
目を閉じる。
彼を最後まで独占できた。それを噛み締める。
彼への愛について、誠実だった。
それだけが、人生唯一の誇り。
もう、動かせない体。そこにふわり。と風が吹く。
白いカーテン、それを揺らして…彼の香り。
…ああ、ありがとう。きてくれたんだね。
鮮やかな笑顔、追いかける。
ああ、良かった。俺…やっぱり最後まで彼だった。
ありがとう。ずっと一緒にいてくれて、ありがとう。
終
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