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かわいい君がすきだから


「オレ、好きな人ができたっ!」

つぶらな瞳をぎゅっと瞑って、体の大きい男が大発表。

夏休みも終わりが近づき、今日は校内での夏期講習日。3年が引退したバレー部は、講習後にのんびりと練習をした。
部員の人数は少ないけれど、仲がそこそこ良くて。今日も帰りにどこかに寄ろうなんて話が出ている。

「おー!いいじゃん!青春じゃん!相手誰よー?」

白球に懸けた青春。と言えば聞こえは良いけれど。進学校の運動部なんて、私学の強豪には到底及ばず。
学業優先のこの学校では、部活の日数も制限されていて、強くなる方が難しい。そんな日々。

「じつはさ…相手。男でして」

ざわめきが少しだけおきる。
わざわざ人に言われなくても、この学校に通うレベルの生徒なら、最近話題の多様性については承服済。
男に男が好きだと言われたところで、からかう。なんて程度の低いことはしない。

大男がチラリと。マイペースに着替える男前を伺う。
このイケメンは、どんな恋愛話にも興味を示してこなかった。今回も、多分そう。
でも、助けてほしい。そんな気持ちで見つめる。
ようやく大男の視線に気づき、男前は「え?」と反応する。
青ざめる男前に、違う!お前じゃないと意思表示。

「相手、7組の青木なんだ!井田と同じクラスの!」

またもや、つぶらな瞳を瞑っての大発表。
部員たちはへぇーと感嘆する。
名前を挙げられた井田は「青木、か」なんて呟いて、着替えを続ける。

「青木かぁ…でも、お前。接点あった?」

部員の一人が訊ねる。
青木のことは全員知っている。井田と同じ、人数の少ない理数クラスのふわふわしてるやつ。
これまた同じ理数クラスの、顔が広くてチャラい相多とよくつるんでるアイツ。
確かに顔はいい。でも、性別の垣根を越えて好きになるなんて…。

「この前さ。部活が無い雨の日。オレ、傘忘れちゃってさ。そしたら昇降口で一緒だった青木が駅まで傘に入れてくれたんだよ」

ほうほうと、続きを促すみんな。無反応の井田。

「男二人で相合傘って狭いじゃん。だからさ、結構くっついて歩いたんだけど。青木って、すげー良い匂いでさ。髪がふわふわで…顔がすげーかわいくって…」

ガンッ

大きな音がして、みんなの視線が大移動。
井田がロッカーを…蹴った?

「あ、悪い。足が当たった」

え?今、蹴ったよね?
確かに、あなたの足は長い。けれども。

「オレ、青木が好き。青木と付き合いたいっ!みんな協力してくれ!」

ガンッ

大男が思いの丈を口にしたら、再度響く大きな音。
ロッカーを強く閉めるその音に一同、びっくり。

「悪い…」

井田が再度、謝る。
いや、いつもそんなことしないじゃないですか。みんな思うけれど、謝られると言えない。

そんな井田に空気を読めない大男が駆け寄る。

「井田ー!この中で7組なの、お前だけなんだ!頼む!青木との仲をとりもってくれ!」

泣きそうな勢いで縋る大男。
うーん。恋愛話に一切関心を示さなかった井田が頼みの綱なんて、それ相当脆い。
縋られても無表情の男前ならいざ知らず、背が高いだけの大男はモテるタイプではない。
もしかしたら、この恋の成就は難しいかも…。

でも、それでも応援するのが仲間だろ!
部員たちは一同、こぶしを握り。このピュアな恋愛を応援すると決めた。
よし!これから作戦会議だ!
なんて言って、いつものファミレスに寄ることになった。


◇


「浩介…機嫌、悪いよね?」

幼なじみが隣の井田に訊ねる。
問われた井田は、無表情で烏龍茶をすすりながら、大丈夫との返事。
いや、返事が大丈夫って、それこそ大丈夫か、お前。

ファミレスの席では大男を中心に、青木とどうやって付き合うか?の座談会が繰り広げられている。
表情には出にくいが、興味があるようで井田も話をしっかり聞いている様子。
浩介がこの手の話に関心を持つなんて珍しいな…と幼なじみは感心する。

「まずは一緒に出かけたいよな。皆で行こうって声をかけて、さりげなく二人にするって作戦で行こう!で、お前、青木と一緒に行きたいところあるの?」

バレー部全員で青木を嵌めにかかっている。でも、これがチームプレイ。
大男は感激しながらも、自分の気持ちをしっかり訴える。

「…夏が終わる前に、プールに行きたい。浴衣姿も見たいけど、水着みたい…」

おおう。お前。ガッツリだな。いや、好きってことは、そういう面もあるし。
分からなくはないんだけど…。なんて、野暮ったいこと。部員たちは言わない。

「水着姿の青木…。肌が白いから、ちゃんと日焼け止めを塗らせてほしい…背中とか…むっ胸とか…」

うわっ。コイツ、ガチだ。
顔を赤らめて俯く大男。ピュアなふりして、しっかり男子高校生。
お前、それは女子ならドン引きされる案件。いや、男子相手でもダメだろ…。

ガンッ

テーブルが揺れて、みんなの飲み物が少しずつ零れる。
井田の長い足がテーブルに当たる。仕方ない、悪気はない。長い足が悪い。

「不潔だ。同性だろうが不純交友だ。風紀委員として認められない。今度そんな思想を持ったら、蹴るぞ」

ああ、今回は蹴ったんですね。
それにしても、思想でNGって…。
ああ、井田さん。風紀委員だっけ。
つーか、そろそろ怖い…。部員たちは怯える。

「ま、まぁ、でもお前の願いだ!叶えてやろう!今週末、青木を誘ってみんなでいこーぜ!」

この雰囲気をどうにかせねばと、勇気あるセッターが流れを変える。
部員一同、おー!とはりきる。
そんな中、烏龍茶を啜る男前だけは、何故か溜息をついた。
自分でも理由のわからない、溜息を。


◇


次の日、ニコニコした大男と無表情の井田が青木に話しかけた。
お互い名前はわかる。この前、相合傘もした。でもその程度。

「ん?プール?俺が?バレー部と?」

なんで??という顔をしている青木。
それはそうだろう。帰り道に傘に入れてやることはあっても、学校外で会うほどの仲じゃない。

「こ、この前。傘入れてもらったお礼したいからさ!プール代おごらせてほしい!」

大男が縋るように誘う。

「あー、傘ね。だから、井田と2人で声かけてくれたのか」

青木が納得した様子で話す。
傘?井田?大男に疑問符が湧く。もしかして、井田も青木に入れてもらったことがある…?

「たかが傘に入れたぐらいで奢るとかいらないから、相多とも遊び行こうかと話してたとこだし、一緒にいこーぜ」

ニコニコと青木が了承する。そして、おーい、あっくんなんて言って、相多に声をかけている。
ああ、一緒に行けるのは嬉しいけど、相多が来るのは嫌。アイツがきたら、どうせ、青木は相多とばかりつるむだろう。
バレー部のメンバーが協力してくれたところで、2人きりになれなくなる。
どさくさに紛れて、胸に日焼け止め…そんな夢が泡沫に消えそうな気がする。

なになに?と相多が青木の肩に手を回して合流。羨ましい。そんなことは言えないけど、すごく、羨ましい。

「珍しいじゃんバレー部なんて、どした?どした?」

「バレー部のメンバーがプール行くらしくて、誘ってくれた。あっくんもいかね?」

「おー!いいね!夏も終わるし、みんなで行くか!おーい、プール行くやついるー?」

青木と相多のやりとりに入れない。それどころか、相多がクラス中に声をかけた。

行くー!という元気な声が、そこかしこからあがる。7組の委員長が決を採り出した。
今まで何も喋らなかった井田も手を挙げている。このクラス、ほんといや。
他クラスから来ると疎外感が半端ない。目的は充分果たせたのに、大男は引き攣った顔で笑った。

そんな中、青木が笑いかけてくれた。楽しみだなって。
あ、かわいい。やっぱり好き。
オレもすごく楽しみ!そう言うと、また笑ってくれた。青木の水着。本当に楽しみ!

頭の中がルンルンお花畑だったので、大男は気づかなかった。
隣で自分たちのやり取りを睨んでいる、井田の双眸の暗さを。
そして、溜息を。


2年7組が加入したことにより、プールに行くメンバーは60人ほどにまで膨らんだ。
当初の目的は遙かかなたへ遠ざかり、バレー部のメンバー達も、大男の支援なんてものは覚えていない。
女子がくる。女子の水着姿が見れる。それにワクワクするだけ。

それなりの進学校のこの高校では、体育の授業に水泳はない。
屋外プールはもっぱら夏場の水泳部が使用するのみ。
体育館が住まいであるバレー部に、水着は縁がなかった。だからテンションが上がる。

人数があまりにも増えたため、現地には各々で集合となった。最早、誰が参加するのかもわからない状態。
海もないこんな町。水辺に対する憧れは人並み以上。楽しみ。そこかしこで皆が浮かれていた。

「あ、青木。明日は駅集合な」

廊下で井田に声をかけられた。
意外と近くに住んでいることは、傘に入れた雨の日に知った。
「おう」そう言って時間を確認する。相多とは現地集合で話がついてる。
明日のプール。青木も楽しみだった。
意中の…彼女の水着が見れる。
彼女に好きな人がいることは分かっている。
でも、彼女を思ってドキドキするくらいは許されるだろう。
そう思って楽しみにしていた。

「明日、楽しみだな」
井田が笑う。あまり接点がなかったが、今回のプールの件で話をするようになった。
爽やかな笑顔、イケメンは得だよな。と思う。
もしかして、彼女の好きな人って井田だったりして…。
なんて勝手に切なくなりながら「俺も明日楽しみ!」と井田に返した。
また井田が笑う。仲良くなれて良かった。井田の笑顔を見て、青木はそう思った。


朝の8時。
青木が駅に着くと井田しかいなかった。
二人で行くのか。そう思うと少し照れた。
さすがバレー部…。体が出来上がってるから、Tシャツ1枚で様になる。
日に灼けるとすぐに赤くなる肌の青木は、シャツを羽織っていた。
隣にいると体格の差がすぐにわかってしまう。
いいよなぁ、イケメンは体までイケメンで。
そう妬ましく思っていると「行くか」と声をかけられる。
爽やかないい奴。妬んだ自分が少し恥ずかしい。

8月最後の日曜日。夏期講習は昨日で終わった。
9月、始業式が終わった後にはテストがある。
それなのに、皆が盛り上がった。最終的には学年の大半が行くことになったらしい。
うちの学校の人間だけで貸切になりそう。車内で青木と井田は笑った。
他愛もない事で笑っていると、車内が混雑してきた。すると、さりげなく井田が青木を庇った。
車内のドアにもたれかかり、井田に守られ、何かよく分からないドキドキ。
熱でも出たかと、青木は自分の体を心配した。

園のある駅に着くと、予想通りの人混み。
浮き輪やビーチボールを持った人々であふれかえっていた。
入るまでは、みんなと会えそうもないな。そう思い、入場列に並んだ。

相多には連絡をしておこう。そう思い、メッセージを送る。
これから入場するとこ。どこいる?
もう入ってるよ。流れるプールのとこな。
と軽いやりとり。
井田にも、みんなもう入ってるってと伝える。

「井田はバレー部と合流?」
そう聞くと、青木と回るんじゃないか?と返される。そういえば、もともとバレー部に誘われたんだ。
そっか、今日はずっと井田と一緒か。
残暑の中、井田は涼しい顔。でも、その額には夏の汗。なんだかドキドキするのはなぜだろう。

男子更衣室。男の着替えは女子と違って早い。
回転がいいからか、ここでも学校の人間を見かけない。もうみんな入っているのかな?そう声をかけようと井田を見る。

うーん、見なきゃよかった。
青木は井田を見て後悔した。
体が、かっこいい。想像した以上に筋肉がきれいで、見とれてしまった。
パーカータイプのラッシュガードを羽織る姿、すごくかっこいい。
羨ましい。それ以外の感情がにじんでくる。でも、それに気づいてはいけない。

「青木、塗ろうか?日焼け止め」

男前が日焼け止めミルクを持っていた。
「助かる。井田もすぐ赤くなるタイプ?」と聞くと、俺は別に。と返される。
じゃあ、なぜそんなものを?と思っていると「青木には必要そうだなと思って…」と言われた。
俺のために、用意してくれたのか…。優しい…。
背中に大きな掌。井田の手が丁寧に日焼け止めのミルクを塗ってくれている。
なんでドキドキするんだろう。動悸の理由よりも、この心音がバレないでほしい。

「青木の肌、白いな…」

耳元で囁かれた。うなじに塗ってくれている。それだけで、他意はないんだ。
そう思うのに、なんだか体がぞくぞくして…。うっとりと目を閉じてしまった。

「んっ…」

男子更衣室の隅。それなのに、ありえない声が出てしまった。
井田が背中だけではなく、後ろから腹にミルクを塗ってきた。
ぬるるるっと。その掌は胸にまで上がってきた。

「あっ…んっ…」

急いで口をおさえる。手が胸で止まったかと思うと、乳輪にミルクを塗りこまれた。
そしてコリコリっと乳首にまで丁寧に…。

「いだ…前は自分で塗れるから…大丈夫だから…」

「まだ、手に日焼け止めが残ってるから…。全部塗らせて」

そう耳元で囁きながら腰骨まで丁寧に塗りこんでくれた。
男二人で何やってるんだ!呆けた自分に喝を入れるように、青木は自分の頬を叩いた。
なんだか、変だ。井田といると、変。
早く、あっくんと合流しよう。クラスのみんなにも会おう。
そして、大好きな彼女の水着を見よう。
そう思っていたら、井田にラッシュガードを渡された。
お前が着たほうがいいって。
羽織ってみると、井田の匂いがして…。ありがたく借りることにした。


流れるプール。1周まわってもみんなに会えなかった。仕方なくメッセージを送る。すると電話がかかってきた。

『青木ー。おまえどこいるの?』

『売店とこ、あっくんは?』

『オレも売店とこ。おっかしーな』

周囲を見回す。やはり見知った顔は全くない。


「あ、青木ごめん」

互いに唸る青木と相多の会話に、井田が入ってきた。

「場所間違えた。みんながいるの、ここのプールじゃない」

「え?」


◇


「勘違いして、違う園のプールに行っちゃったって。もう入場したからそのままあっちで遊ぶってさー」

相多がバレー部員たちに言う。
井田、ウケる!どっと笑う部員たち。

そんな中、大男だけは笑えずにいた。
井田が、間違えた?そんなことあるのか?…だって、何度も確認した。
朝だって、青木が待ち合わせに来なかったのもおかしい。
待ち合わせ場所。青木に伝えておいてくれるって、井田は言っていた。
なのに、青木も井田もこなかった…。

「しゃーないから、オレ達はオレ達で楽しみますかー!」
とチームメイトと相多は女子の方にスキップして行った。

元気出せよ。とチームメイトに背中を叩かれた。元気がない、訳じゃない。ただ嫌な予感がするんだ。
どうしようもないほどの、嫌な予感が。

プールサイド、蝉がこんなところでも鳴いている。残り僅かの命を使い果たすために。
大男はその鳴き声を聞いて、思った。
蝉になったら、飛んでいけないだろうか。二人きりの彼らの所に…。


◇


「けっこう、いるなぁ。男だけで来てる奴ら…」

流れるプールで流れてみる。
男二人で、プール。気恥ずかしさをかき消すために喋った言葉。
聞こえているはずの井田は頭を搔くだけ。

「あ、ちがう。責めてるとかじゃなくて。俺もちゃんと確認しなかったし。結構楽しいし!」

皆がいる園とは違う所に来てしまった。
最初はグループラインでやり取りをしていたが、目的地が二転三転した。
そのうち参加者が増えすぎて、何時にどこで集合か?も曖昧になった。
井田が勘違いしたのも仕方ない。

「間違えて、悪い…」

申し訳なさそうにしている井田を見ると、胸が苦しくなる。
ただでさえ、お詫びだと言って浮き輪に乗せて引っ張ってくれている。
それがなんだかデートのようだなと思って、気恥ずかしくなったんだ。

「男同士で来てるのって、ナンパ目的なんだな。井田もやるか?俺はできないけど、声掛けに付き合う位ならするぞ」

そう言ったら、変な顔をされた。
あ、こいつ、風紀委員か。ナンパとかしなさそうだもんな。
怒ったか。青木は少し怯えた。

「ナンパ以前に、恋愛ごとに興味がない」

ぷいっと拗ねたように顔を背けられた。
へぇ。モテそうなのに。と青木は笑う。

「…青木は?好きな人とかいるのか?」

真剣な目で聞かれた。なんだか真剣に答えないといけない気がして、白状した。

「同じクラスの橋下さん。でも橋下さん、好きな人いるみたいだから、告白する前に失恋してるんだけどな」

誰にも言うなよ。と井田の唇に人差し指を当てたら。…うん。と約束してくれた。
人にばらすとか、そういうことしなさそうだもんな。こいつなら信用できる。
青木は井田にそう評価した。

「混みだす前になんか食べるか!売店いこーぜ!」

そうだなって笑って返事をくれた井田。なんだか眩しくて、青木は目を細める。
目が慣れたころには至近距離に井田がいた。
大きな浮き輪に寝そべる、青木の上に乗るように。
傾いて浮き輪から落ちるかと思ったのに、少し沈んだけで済んだ。
「浮力ってすごいよな」
そんなことを言いながら、井田は青木の腿を撫でる。
なぜ撫でる!?そう叫ぶと、なんとなく。と言われた。
なんだかんだで売店に行く前に、二人はまた1周してしまった。

売店ではフランクフルトや焼きそばを食べた。
最後にはかき氷も食べた。

大きいウインナーにかじりつく姿。かき氷のシロップで染まる赤い舌。
井田は青木を盗み見ていた。そして、ばれないように溜息をついた。


◇


「あ、いたいた。プールごめんな。せっかく誘ってくれたのに」

昼休み、青木の方から声をかけられた。
大男はそれだけで、嬉しくなった。

「井田から聞いたけど、もうすぐ試合あるんだって?応援行くよ」

にこって笑う顔。やっぱりかわいいな。って思って、胸がどきどきする。
モヤモヤしていた気分が浄化される。

「青木…あのさ!今日も練習あるんだ。時間あれば見に来ないか?」

勇気を振り絞る。「おお、行く行く」なんて軽く返事をもらう。
やったー!そう叫んだら、笑われた。「お前、面白いよな」なんて言って。

じゃあ後で。と青木と別れた後、浮かれ気分で昼食を食べた。
そして食べ終わってから気づいた。
「一緒に食べよう」って言えばよかったと。
そういえば、青木は昼食を持って、屋上に行くと言っていた。
なんで教室で食べないんだろう?まだこんなに暑いのに…。


待ち遠しかった放課後になった。
ルンルンで部室に向かうと、渡り廊下で井田と遭遇した。
井田の隣には当然のように青木がいた。

「練習だから、あんまり見ていても面白くないかもしれないけど」

「スポーツ、見るのは好きなんだよ」

そんな会話をしている。
なんで、井田と話をしているんだ…オレが誘ったのに。
いやいや、と思って頭を振る。二人は同じクラス。そりゃあ目的地が一緒なら、共に来るだろう。

「青木、見に来てくれてありがとな」

少し、井田に対抗する。そもそも、なんで井田はオレに協力してくれないんだ。
青木を好きだと言ってるのはオレなのに。そう、少し苛立ちながら。

「どうせ帰ってもやることないし、なんか手伝えることあったら言ってよ」

にこって笑う青木。かわいいなぁ。ずっと見ていたいな。

「じゃあさ。ドリンクを作ってくれないか?
うちの部、マネージャーいないから自分達でスポドリを用意してるんだけど。青木が作ってくれたら、すげー頑張れる!」

「りょーかい。練習中に飲めるように作っておくよ」

青木は優しい。
ニコニコと笑いながら了承してくれる。
笑う顔が本当に大好きで、大男は恋心を再確認する。どさくさに紛れて、青木の手を握ってお礼を言おうとした。
何故か井田に手をはじかれた。

「青木、こっち。材料のある場所教えるから」

そう言って、井田が青木の手を取る。
「あとでな」と青木はかわいいのに、井田はかわいくなかった。
かわいくないどころか…睨まれた。
二人の後姿。それを見て大男はまた、嫌な予感を覚えた。
でも、追いかけられないのは、なんでだろう…。


◇


青木が見てくれている!

そう思うといつもの練習にも気合が入る。
サーブ練習をガチでやっていたら、周囲にたしなめられた。
1年が怯えるからって。

「なんなんだよーおまえらー。いつもと違い過ぎー」

チームメイトに言われる。おまえら?と不思議がってると、豊田が「浩介も気合入ってるなぁ」と井田に声をかけていた。
そうか?なんて言っているけど、井田がそわそわしているのはわかった。
負けない!そう思って休憩後の試合形式では井田を叩き潰そうと誓った。


「どっちも、がんばれよー!」
暇なのか。いつの間にか青木の隣には相多がいた。邪魔なのがいるが、せっかく青木にいいところを見せるチャンス。
渾身の力でサービスを打つ。インする。やった!青木、見てくれた?

そう思って青木のいる観客席を見る。
青木は大男を見てはいなかった。その視線の先には…井田がいた。

潤んだような瞳で。すごくかわいい。
心なしか、青木の唇がいつもより赤い気がした。
ぽてっとして濡れた唇…。それを指で押さえている。

青木の視線の先の井田を見る。
井田もまた青木を見ていた。
なぜだろう、井田も唇を押さえている。

二人を見ていると、自分がすごく部外者な気がしてくる。
心臓のあたりが痛い。チクリどころではなく。刺されたように痛い…。


◇


試合当日。
会場が自分の高校の体育館なので、移動が楽。そして、観客もうちの学校の人間が多くなる。
プールの一件で仲良くなったからか、同級生が大量に来てくれた。
下級生や女子バレー部の応援も響く。そして黄色い声には井田の名前。
なんだかんだ人気の男前。部員も「井田ばかり!」と妬んでいる。

井田は様々な視線を気にも留めず、きょろきょろとしている。
誰を探しているのかは分かる。でも、やめてほしい。
こんなにモテるんだから、青木だけは持っていかないでほしい。大男はそう願う。

泣きそうな気持ちで青木を見る。
青木のいるところ、オレはもうわかっている。探すまでもない。
だって一番ぴかぴか輝いているから。
探さなきゃわからないような井田とは違う。
どんなに人が沢山いたって、青木だけはすぐに見つけられるんだ。

じっと青木を見る。私服姿もかわいい。抱きしめたいなぁ。
そんな風に思っていたら、青木と視線が合う。

「がんばれよー!」

その一言だけで、燃えた。
絶対に勝つ!!見ていてくれ青木!そして、試合後…好きだと言わせてくれ!!

◇

ゲームセット。
辛勝だったが、久しぶりの勝利だった。

良かった…。これで、彼に告白ができる。
大男は拳を握った。

練習を支えてくれた功労者。ということで、青木も打ち上げに参加することになった。
着替えも終わり。部員たちは校門近くで、店の予約までの時間をつぶしていた。
そんな中、数名の部員たちが気を利かせて、青木にスポドリを渡す。
大男に渡してやってくれと。

好きな人に、できれば恋人に。試合後にスポドリを渡してもらう。
スポーツ青年にとっては憧れ。まして、恋に夢見る大男なら跳んで喜ぶだろう。
そう思っての部員の配慮だった。

おお、わかった。そう言って青木が大男に近づく。すると青木の手を握って、井田がそのスポドリを奪った。

「俺がほしい」

そういって、ストロータイプのドリンクを青木の手から飲む。
顔を赤らめる青木。
駄目だ!許さない!!大男は二人の間に割り入った。

「青木のスポドリはオレのだ!!」

大男がそう言って奪った瞬間。
キャップの閉まっていない容器から中味が噴出した。ピンク色のアミノ酸飲料が放物線を描いて、空に舞う。

そして、それをシャワーのように浴びたのが青木だった。シャツまで、ピンク色で濡れる。

「うわっ!青木!ごめんっ!!」

わたわたしていると、ピンクが青木のシャツをどんどん濡らしていった。
そして、そのピンクで青木の乳首が透けてしまって…。

(青木の乳首…ピンクだ…すごい)

大男が乳首の破壊力に動けないでいると、井田が自身のジャージを青木にかけた。

「戻ってシャワー案内してくる。先に打ち上げ行ってて」

そう言って、井田は青木を攫って行く。

「おおーじゃあ後でなー」と部員たち。
青木の腰に回された井田の手。見つめ合いながら駆けだした二人。

どうしようもないモヤモヤで、大男の心は迷子。
みんなと一緒に打ち上げに向かうが、本当は二人の後を追いかけたい。
あの二人をこのままにしていたら、取り返しがつかないことになる。
そう、感じる。

「オレ、青木に着替えを持っていく!オレのジャージを貸してくる!!」

大男は叫んだ。部員たちは「おおー行って来い、行って来い」と拍手。
なんなら告白もしてこい!なんて笑う。
告白…二人きりの時にしたかった。でも、青木といると井田が邪魔をする。
ならば、井田の前でしてやればいいんじゃないか?
意外と臆病なアイツの前で。

学校に向かって走り出す大男。
部員たちはがんばれよー!と軽い応援。
「やめておいた方が…」という豊田の声は誰にも届かず、部員達の声援を背中に大男は走り出す。


9月の青空。相変わらずの暑さだけれど、雲の形が夏とは異なる。
巻積雲、所謂うろこ雲。その空の下、大男は大粒の汗を流しながら走る。
10月、11月、12月…これからの季節も、彼の笑顔を見たい。
できれば一番近くで。
大好きだ!そう伝えたら、どんな顔をしてくれる?
愛しい彼の笑顔を思いながら、足が壊れるぐらいに、走った。


◇


ロッカールームには青木と、井田の服があった。
肩で息をしながら、シャワー室に向かう。

井田もスポドリが体にかかったのかな?
そんなことを思いながら、静かにドアを開ける。

ザーッと大音量のシャワー音。
その中に、小さく甘い声が聞こえた。


「井田…こんなところで、だめだって…誰かきたら…」

「もう、誰もこねーよ。それに、青木のここ、すごく柔らかくなってる…」

「んっ♡井田がいじるから…ああっ」

「青木っ…すごくエロい…我慢できない…挿れるよ…」

「あああんっ♡」

じゅぶじゅぶ♡っていう濡れた音。
シャワーでもかき消せないほどの、卑猥な音。

その音が今度はパンパンパンという乾いたものになった時。大男は射精した。
強烈な快感とは裏腹に涙があふれる。
射精したのと同じくらい、大量に。

二人の姿はここからじゃ見えない。
たとえ、二人の視界にオレが入っても、きっと二人は止まらない。

「青木、かわいい。かわいい」

切羽詰まったような井田の声。そして響くリップ音。

「…かわいいっていうだけじゃ、やだ。ちゃんと、言ってくれなきゃ嫌だ…」

青木の拗ねた声。これだけでイきそう。
大男は目をぎゅうっと瞑ってやり過ごす。
井田のフッていう笑い声の後に、またリップ音。
井田は青木をからかっているのだろうか?…。そう思うと怒りと切なさが押し寄せる。

青木…オレならいくらでも、お前に捧げられるよ。言葉を、体を、心を。
そんな奴、やめとけよ。そう思うのに、大好きな彼を奪いたいのに。
足が動かない。


「…青木、好きだよ」

井田の声。
そして、うっとりとしたリップ音。可愛い人の甘い嬌声。
どんな顔をしているのだろう。青木も、井田も。でも、多分。お互いしか見れないんだ。その顔は…。

ザーという大音量のシャワー音。
それでも二人の口づけの音は消せない。
そして粘膜同士が激しく擦れ合う音、湯煙と共に蔓延する。


…ダメだ、付け入る隙なんてない。そう知って、大男は彼らの愛の巣から逃げた。
耐えられなくて、走った。

応援してくれたみんなに会う前に、涙を、この大量の涙を乾かさなくては…。
そう思って、走る。
恋の終わりに、晩夏の風は優しかった。
涙は彼が思うよりも早く、風が乾かしてくれた。



打ち上げの店に入ると部員たちから声をかけられた。

「お前、青木に会えた?井田から青木が風邪っぽいから家まで送るってあったけど」

「ああ、そうなんだ。行ったけど会えなくてさー。そっか二人とも帰ったかー」

努めて明るくふるまう。隠し事は苦手。
でも、頑張ろう。愛しい彼の、恋のために。

そう、分かっていた。青木が井田を好きになったこと。
井田が最初っからオレに協力する気が無かったこと。
悔しくて、仕方がないけれど、青木の視線の先には井田しかいない。
恋をしている彼がきれいだから、もう。仕方がない。
キラキラした二人の邪魔にすら、俺はなれない。
ならば、応援しよう。大好きだから、応援しよう…。

笑いながら、涙を流す大男を見て、聡明な部員たちは察していた。
夏の終わりに、ひとつの恋が散ったこと。そして、始まったことを。


◇


翌日、部活終了後のロッカールームで、井田からの大発表があった。

「青木と付き合うことになった」

息を飲む部員たち。そして大男に注がれる視線。
大男は笑って「そっか、青木を幸せにしてやれよ」と井田の肩に手をおいた。
取り繕いができるようにと、昨晩は泣いておいた。
でも、本当はまだ。辛い。

肩に置かれた大男の手を、井田が握る。
「ごめん」なんて殊勝な言葉は言うなよ井田。大男はそう思う。
でも、少し期待して、井田の言葉を待つ。

「…だから、お前は今後一切、青木に対してやましい気持ちを抱くなよ。あいつでエロいこと考えたら、許さないからな」

物凄い顔で睨んでくる。
えー。そこはぬけがけしてごめんとか。ないんですか。

「あと、お前に言われなくても幸せにするし。もうお前は青木を見るな」

…見るのも禁止ときた。
耐えられず泣き出す大男。

嗚咽をあげて泣く大男を慰めることもなく、部員たちは世の中の理に感嘆した。
この世は弱肉強食…。恋愛の食物連鎖の頂上には井田がいた。
すごい…。井田さんすごい。

勇気ある一人が井田に「部活恒例のお祝いはいかがしましょう?」と訊ねる。

「青木がそういうの嫌がるから、そっとしてくれ」

かしこまりました!声には出さずに、敬礼。じゃ、俺。青木を待たせているから。と井田が退出。
バタン。と完全にドアが閉まってから、ようやく。大男を慰めるものが現れる。

「しゃあない。井田相手じゃ、仕方がない」

慰めにならない慰めを受けながらも、大男は少し、幸せだった。
ちゃんと井田が青木を愛してくれている。オレの好きな人は、ちゃんと愛してもらってる。
そう思うと、すごく幸せな気持ちになれた。

恋する彼は、きっともっと綺麗になる。
大好きだという気持ちは簡単には消えない。
だから、これからもかわいい彼をそっと見つめよう。

そうだな、嫉妬深い彼氏には怒られるかもしれないけれど…。


end



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