→もどる
チョコレート、ありがとう
「チョコ、どんなのが好き?」
隠れて行動したところでバレるし。
ならば、直接と。
受験真っ盛りの癖に、恋人に呑気なことを訊ねてみた。
「チョコレートもいいけど裸を見たい。青木の全裸を見たい。なんなら、チョコレートはいいから裸を見たい」
…って、弁当を食べながら返事された。
あまりにも普通に言うものだから、ここが昼休み中の教室だと言うことを一瞬忘れる。
おお、そうか…なんて言って、俺もパンを飲み込んだ。
うん。楽しみにしてる。
食べ終えた弁当を片付けながら、そう呟く彼氏。目も合わさずに繰り広げられた会話。でも、井田の耳は赤かった。俺もなんだか熱っぽいから、顔でも赤いんじゃなかろうか。
そうか。そんなもんがみたいのか。
そっか。そっか…。
◇
「で、どうしたら良いと思う?」
「しらねーよ」
受験シーズン、登校できる者だけ参加する消化授業。
塾が開くまで時間があるので、早々に進路を決めたあっくんをカラオケに連行し、強制的に相談にのってもらう。
「つーか、井田ってすげームッツリだなぁ。ま、付き合ってるんだし、見せてやりゃあ良いんじゃねーの?」
心底どーでも良さそうに返事をされる。
こちらを見もせず、あっくんの視線はカラオケのでかいリモコンに注がれる。えー、歌う気ですかい。相談、のってくれよ。
「それがさ…俺、小学生の頃、太っててさ。胸とか肉が残って、変なのよ。結構コンプレックスというか…」
「ふーん。どんなん?見せて」
「笑わない?」
「…多分?」
ほら、見せて。と急かされたので、仕方なくブレザーとシャツのボタンを外す。胸だけ見せればいいので、ネクタイは少しずらすだけでいいだろう。ほら。どうよ。
「うわ、エッロ」
あっくんが見たのを確認して、急いでボタンをとめる。友人相手とはいえ、少し恥ずかしい。あっくん相手に恥ずかしいんだから、井田になんて…。
「やっぱり、変かな…井田に引かれたら、立ち直れない…」
ようやくリモコンをテーブルに置き、ちゃんと話をしてくれる体勢のあっくん。
腕を組んでうーん。と唸り。アドバイスを考えてくれている模様。
「変…ではないけど、なんつーか。色とか、肉付きとかやらしーな。まぁ、そんなに嫌なら見せなきゃいいんじゃね?」
「でも、見たいって言われたし。…色は生まれつきだから、どうしようもないとして…鍛えたら肉付きは変わるかなぁ」
「バレンタイン、来週だろ。今から鍛えても間に合わないだろ」
「だよなぁ…」
今度は俺がリモコンを弄る。歌いたい訳じゃないけど、出口も見えない。
頼んでいたポテトもまだ届かない。
「つーかさ。お前ら月末になったら、あっち行って二次のテストだろ?そんなエロ話をしてる余裕あんの?」
「…おっしゃる通りです…」
まさか、あっくんからこんなド正論を叩きつけられる日がくるとは…。
「井田って、一人で勉強してんだろ。多分煮詰まって、エロい事しか考えられなくなってんじゃね?そんなんで、あっちに二人で行ったら襲われるぞ、お前」
「なんと…」
…いや、確かに。あり得なくはない。
最近、井田がちょっとおかしい。
俺に対して、距離がおかしい。
こ、恋人同士だし。全然、エロいことされるのはいいんだけど。…でも、やっぱり受験を今は優先しないと。俺は井田と違って一次余裕無かったし。
「いきなり全部見せるんじゃなくて、ちょっとずつにしたら?バレンタインには間に合わなくても卒業までには筋トレで変わるかもしんねーし」
「なるほど…!」
「んじゃあ、やるか!」
そう言って立ち上がるあっくん。
ん?筋トレを?と思っていると「お前はここで、ポテトの受け取りをしとけ!」といって、出て行ってしまった。なんだ?トイレかな?
ひとりぼっちになってしまった。
仕方なく、時間がある時にめくるようにしている単語帳を取り出し、眺めてみる。
…確かに、もうすぐ二次試験。
バレンタインだの、筋トレだの言ってるの場合じゃない気がする…。
…井田も、煮詰まってる…のかなぁ。
『おまたせしましたぁ!』
店員さんと同じタイミングで、あっくんが帰ってきた。
結局、ポテトを受け取ったのはあっくん。
俺はあっくんが持ってきたコスプレを渡され、ポテトを貰えない。熱いうちに食べたいと訴えるも、早く着替えて!と急かされる。
こんなもん取りに行ってたのか。
「青木、手を抜くな!ちゃんと素肌に着ろ!」
えー、めんどい。シャツの上から衣装を羽織ろうとしたら、怒られた。だいたい、なんで巫女さんなんだよ。まぁ、カラオケのコスプレなんて深く考えても仕方ないけど…。
そう思いながら、服を脱ぐ。あれ?なんかお前。ムービー撮ってね?
「ほい。着替えました」
「よし。食って良いぞ」
と、ロングポテトを口に咥えて、ん。と差し出すあっくん。なんで二人きりなのにポッキーゲームをしてるんだよ。と思いつつ、端から齧る。
ちょこちょこ齧っていたら、あっくんにポテトを吸われて、全部もってかれた。
ガジガジと咀嚼する音。なんだよ、くれるんじゃなかったのかよ。ケチ。
ほらほら、青木も映る。って言ってあっくんが顔を寄せてくる。
自撮りのムービー。これ、どーすんのさ。
「んっ…どこ触ってんだよ!」
肩を組んでいた右手を白衣の合わせに突っ込んできた。こらこら、本当にどこ触ってんだ。
「いえーい!井田、勉強はかどってるー?青木は胸がコンプレックスだから、お前に見せるの恥ずかしいんだってー」
「井田宛に撮ってんのかよ!って、ちょっ、揉むな!バカ!」
「青木のおっぱい、柔らかいぞー。ちょっと見せてやろう!」
そう言って白衣の右肩をずらしやがった。恥ずかしいって言ってんのに、本当ばか!
「ほら、乳首ピンクー!これ見て励めよ!受験生!」
ピコン
と、動画撮影終了の音。
「こんなもんかな?早速、井田に送っとこ」
「ん…終わったんなら、揉むの、ヤメロって」
揉むどころか、乳首を捏ねくるあっくん。
なんか変な気分になってきたから、本当にやめて。
「いやー、俺も欲求不満でさ。みおちゃんの代わりに、ちょっとだけ触らせて」
そう言って、今度は両手で揉んできた。
俺じゃあ、橋下さんの代わりにはならないだろうと思いつつ、なんだか可哀想だから好きにさせてやった。
「あー、青木、いい匂いするー。おっぱい柔らかいー。ママー、両手塞がってるからポテト食べさせてー」
誰がママじゃい!と言いつつ、ポテトを食べさせてあげよう。どんどん胸を揉む手つきがいやらしくなってきたけど、まあ、いいか。相談料と思って我慢しよう。
こんなくだらない事をしていたら、塾が開く時間になった。
あっくんと別れて、そのまま塾に向かったので、俺は全く気づかなかった。
井田からの鬼電で、着信が凄いことになっていた事を。
◇
「チョコレート?恋人からなら手作りだなぁ」
知らない子の手作りは嫌だけど。と岡野くん。
どこかで聞いたことある返答だ。結構みんな潔癖なのかな。俺は一生懸命作ってくれた物なら、なんでもウエルカム。
「どんなチョコレートならもらって嬉しいか?って、どーせ井田君の話だろ。想太が用意した物なら、なんでも喜ぶと思うよ。彼」
個別指導後の自習。今日も塾の開始から終了まで居てしまった。他の生徒は既に帰り、戸締りをする岡野君の手伝いをしながらの相談。
…最近は井田といるより、岡野君と一緒の時間の方が長い気がする。
「できれば、チョコレートの方でごまかしたいんだよなぁ…でもなぁ。手作り…」
手作りをするのはちっとも嫌じゃない。チョコレートを使った科学実験。
今後の進路を考えると、できないはずがない。
ただ、受け取る井田の方が問題だ。
受験前にこんな事に時間を使って…とか言われやしないだろうか。…言いそうなんだよ。あいつ。そういう、俺の気持ちを踏みにじりそうなこと。
…だけど、市販の物を買うのもなぁ…。姉ちゃんの店の…うーん。手抜きに変わりはない。
「全裸についても誤魔化し、チョコレートも微妙…それは嫌なんだよなぁ」
うーむと悩む。すると無駄に声を拾った岡野君が「全裸って何??」って聞いてくる。
説明するのが面倒なので、スルーする。
「やっぱり作るか…」
よし。そうしよう。そう思って荷物を背負う。
「まぁ、テスト直前とはいえ、ある程度の息抜きは必要だから。チョコ作ったら俺にも頂戴」
「岡野君、手作りダメなんじゃないの?」
「知らない子じゃないだろ、想太は」
そう笑って俺の頭を撫でた。…優しいよなぁ岡野君。
勉強の事ばかりにならないようにと、こうやって気分を良くしてくれる。
俺が根詰め過ぎずにいられるのは、岡野君やあっくんが支えてくれているからだろう。
ああ。…それなら、井田を支えているのは誰なんだ?
俺は井田の事を支えられている気がしない…。
それは恋人として、どうなんだろう…。
そんなことを考えて岡野君の後ろについて階段を下りていたら「うわぁ!!」と絶叫が聞こえた。
何だろうと思って、岡野君に駆けよる。
「井田!?」
そこには、頭の中を占めていた彼氏がいた。
嬉しくなって抱きつきそうになったが、岡野君がいるので留まった。
というか、よく見るとめちゃくちゃ怒ってる。
「どーしたの?井田。こんな時間にこんなとこに…」
「…こっち来い」
腕を掴まれた。すごい力で引っ張られる。岡野君にまた明日!と口パクで伝える。
またな!と口パクで返される。
いつもありがとね。岡野君。
◇
かわいいな。って毎日思ってる。
笑う顔も、泣いた顔も、真面目にしている時も、ふざけている時も。
大切にしたいな。って強く思ってる。
明日とか、明後日とかじゃなくて。ずっと、ずっと一緒に居たいから。
でも、我慢ができなくなっている。
厚みのあるぽてっとした赤い唇とか。良い匂いのする白い首筋とか。
シャツの襟から覗く鎖骨とか。
今までは何とも思っていなかった青木の部位に、どうしようもない気持ちが溢れてくる。
「セックスしたい」
単純に、コレ。
もう、言い訳の余地もない。抱きたい。裸を見たい。
エロい体を隅々までなめまわして、アンアン喘がせたい。
乳首しゃぶって、丸い尻揉みまくって、青木のナカにチンコ嵌めまくりたい。
かわいい青木のチンコから潮吹かせて、アナルの中にザーメンをぶちまけたい。
中出ししまくって、孕ませたい。そのうちおっぱいが出るようになったら、毎日飲みたい。
青木はかわいい奥さんになると思う。
外に出たら、他の男に攫われるかもしれない。だからずっと家の中に居てほしい。
エロい格好で、俺のことを毎日迎えてほしい。裸エプロン。考えた奴天才だと思う。
…そんなことを思いながら、毎日、時間きっかりにオナニーを終える。
青木の意思を全く無視した酷い妄想をしている。だからこそ、時間は守るようにしている。今日はまだ、設定した時間が残っている。
…ああ、見たい。青木の裸。
今日、この気持ちの欠片をぶちまけてしまった。引かれるかと思ったら、意外に冷静に対応してくれた。
しかも、見せてもらえるっぽい。やった。完全にラッキー。
恥ずかしがらずに伝えてみるもんだ。
嬉しくて小躍りしそうになった。
何なら、帰り道。鼻歌うたった。
青木のエロい体。
体育の着替えの時、トイレで横に並んだ時。
気づかれないように、ガン見した。
今まで見たパーツを繋ぎ合わせて、想像の中で補完している。
夏休みに二人で行った京都。浴衣から見えた白い肌。
もっと見ておけばよかった。
一度寝たら起きなさそうだし、全裸にしてもばれなかったんじゃないか。
何なら、あの時。やってしまってもよかったんじゃないか。
エロいことしてって言われたのに。あれ。逆に失礼だったのではないか。
タイムマシーン…いや、非現実的なことを考えるのはやめよう。
現実的に、青木とのセックスのことを考えよう。
青木の赤い唇が、エロいことしてって囁く。
隣り合った布団。はだけた浴衣。いやらしい青木の体に跨る俺。
今度は、あの夜みたいに目を閉じて眠りに入ってはいない。
とろんとした瞳で俺をみつめ返す。
「井田…大好き…お願い…抱いて」
はだけた浴衣から見えたピンクの乳首。
なだらかな曲線で、触りたくなる白い胸。
両思いってすごい。恋人同士ってすごい。
こんなきれいなものを、俺の欲望のままに抱きしめてもいいんだから。
キス。この感触は知っている。
あの赤い唇の感触を補完。
抱きしめる。これも大丈夫。やったことがある。補完できる。
ツンと立ったピンクの乳首に触れる。
残念。これはまだ未経験。でも、できる。そろそろできるはず。
「んっ♡いだぁ♡おっぱい♡やだぁ…」
色素が薄い青木の肌。その中で色付いたピンク。初めて見た時、目が離せなかった。これ以上見たら、バレる。そう思っているのに、止められなかった。
体育の着替えでは、あっという間にジャージになるし。あの日の浴衣姿は、寝返りで隠された。もっと、近くでちゃんと見たい。あのピンクをしっかり目に焼き付けたい。
…やっぱり、あの夜。ひん剥けばよかった。
そう後悔しながら、妄想の中の乳首を捏ねくりまわす。どんな感触なんだろう。ぷくっとしたあの、乳首。しゃぶりたい。乳輪に舌を這わせて、それから吸いたい。…すごい、股間が爆発しそう。青木の乳首だけでイキそうだ。
扱く右手が速くなる。そんな中、ピコンとスマホが鳴る。
いつもなら絶対に見ない。流石に出し終えるまで待つ。でも、今日は見てしまった。なんとなくだ。理由なんてない。
なんだ、相多からか…。これが青木からなら速攻で返す。とりあえず、要件だけは見ておくか。そう思ってタップしたら、動画だった。
『あんっ♡どこ揉んでるのっ♡んんっ♡』
動画で、恋人がエロい顔を晒している。
いつもアホ面で乳繰りあっている二人。狭量と言われるのか嫌で、離れろと叫びたいのを我慢してきた。
でも…本当に乳繰りあってやがってる。
『合格祈願の巫女さんだぞー。青木も井田も受かれよー!』
そう言いながら、巫女姿の青木の胸を捏ねる相多。んっ♡んっ♡って喘ぐ俺の恋人。
殺す。チャラいとかそんなの認めない。越えては行けないラインを超えている。
殺人の算段をしていたら『ほらー乳首ピンクー』と、白衣を下げて見せてくれた。
…けっこう良い奴。半殺しで許してやってもいいかもしれない。
これ見て励めよと応援されて、動画は終わった。受験生だし、励むものは勉強一択に決まっている。
でも、こんなの見たら止まらない。
「…くっ…あ、おき…」
右手は忙しいから、左手で動画を停めてスクショを撮った。やっぱりピンク。すごくいやらしい。
はだけた巫女姿…。エロすぎる。
相多なんて死ねばいいと思うけど、コイツ天才。もしかして裸エプロンを考えた偉人の子孫かもしれない。
お陰で、ぼやけていた対象物をしっかり捉える事ができ、クリアになった。
「…あおきっ…」
幼い頃、園で絵を描く時に訊かれた「どんな色が好き?」当時はなんと答えたか、全く覚えていないけれど。今なら一択。
青木のピンク色。どうしようもない劣情が止まらなくて、射精した。
今日も時間通りに済ませた。片付けをして、電話をかける。でも、でない。
イライラして、相多の管理責任者に連絡をする。謝られる。彼女が謝ることではない。でも、しっかり監督してほしい。
また、電話をする。…でない。
時間的に塾。でも、少しぐらい返事をくれてもいいだろう?
塾が終わったら会いたい。
メッセージを送る。…返事がこない。
何度も送る。…こない。こない。返事がこない。
問題集を開いて、一問解くごとに電話をかける。二単元分終わっても返信がない。履歴がすごいことになる。苛立ちが募る。
また、かける。でも、でない…。
もう、限界。
上着を引っ掛けて、階下へ降りる。
「こんな時間からどこにいくの?」
靴を履いていたら、母親に声をかけられる。
ちょっと駅まで。と言って出ようとすると「あんまりしつこくすると、嫌われるわよ」と言われた。思春期だったら、どれほど反論して罵ったかわからない。いや、一度も親を罵ったことはないけど…。
「しつこくして、振られて、他の人にとられないといいけどね…。青木くん、かわいいから。心配だわ…」
玄関までついてきての嫌味。いや、嫌味でなく、アドバイスのつもりなんだろう。この人は。
でも、充分。というか、随分と刺さる。
夕飯の時も1分置き位に青木に電話をしていた。何か言いたそうにしてるな。と思っていたが…。
「行ってくる」
「青木くんの勉強の邪魔はしないようにね」
念を押された。
舌打ちを我慢して走る。
俺のやる事なす事、全部青木だ。
それがとっくに親にはバレている。
仕方ない、初恋なんだ。
夢中だし、溺れている自覚もある。
初恋は実らない。
なんて誰が言い出したかもわからない話。
恋する前は、そんなものなのか。程度にしか思っていなかった。
でも、今は恐怖。
そんなものは迷信だ。と思いはするけれど。今は、心底恐怖。
お互いがお互いの初めてでありたい。そう約束してほしい程には育った独占欲。
青木の初恋は俺じゃない。
それを約束違反だと責めたいけれど、彼の恋が二度目なら…初恋は実らないという呪いから避けられるんじゃないだろうか。そう期待して心を落ち着かせている。
それなのに。こんなに恋愛の機微に振り回されて、苦しい思いをしているのに。
なんで、あいつは勝手に初めてを他の奴とするんだ。
胸、触られていた。あんな色っぽい声を出して、胸を…。
そこは俺が最初だろう。そして、もちろん最後だろう。
俺以外の奴になんで…。そもそもなんでカラオケに…。
胸がコンプレックス…。意味が分からない。
あんなにきれいで柔らかそうで。エロいのに…。
ああ。だから、なんで。俺以外が青木の胸を触るんだ。
やっぱり、相多は死ね。
◇
夜の公園は人通りなどなく。
外灯の下でようやく、井田が止まってくれた。
歩くというよりは持久走のような駆け足で、ここまで手を掴まれて連れてこられた。
肩で息をする俺と、呼吸一つ乱れない井田。
これが帰宅部と元運動部の差…。基礎体力が違う…。
「なんだ。あの卑猥な遊び…」
挨拶もなく。いきなり投げかかられた言葉。
まだ酸素が頭に回っていないからか。井田の言うことが処理できない。
…卑猥?何の話?
「相多とポテトを端から食べあってた…相多とキスをしそうになってた」
顔は怒ってるし、声も昏い。井田は色々と疎いと思っていたけど、本当に疎い。
「あれはポッキーゲームって言って、集団で遊んでいる時によくやるやつだよ。キスしないように寸前で止める遊びだから…」
「二度とやるな!」
「はいっ!」
あまりの剣幕に、思わず了承する。
ごめん…そうだよな。相手、あっくんといえど。よくないよな…。
急激に反省した。申し訳ない気持ちでいっぱいになってきた。
嫉妬…してくれたのかな?だから、塾にまで来てくれて…。
井田の勉強の邪魔をしたくないのに…。なんだか、ダメだな。俺。
「あと、胸。相多に触らせてた…」
「こっちから触らせたわけじゃなく…触られたわけで…」
言い訳じみた事を紡いでいたら、井田の目が赤いことに気が付いた。
ごめん…。俺も井田が他の人に触られてたら、嫌だ。
「ごめん…井田…ごめん」
抱きついて、許しを乞うた。すると抱きしめ返してくれる。
ごめん…。俺、井田の勉強の邪魔してる…。
バレンタインの話なんてしなければよかった。
今年はただの2月14日だと思うべきだった。
14日の週には一次の結果が出る。現地での二次試験までは残りわずか。
受験に集中するべきだった。恋人同士だし、なんて甘いことを考えた俺が馬鹿だった。
「…胸さわりたい」
「…ごめん。馬鹿なこと言ってごめ…ん??」
すごくいい声で、今なんて言った?
「本当はここで脱がせて、体を見せろと言いたいけど。そんなことしたら風邪ひくし…。多目的トイレに連れ込みたいけど、そうすると見るだけじゃ止まらないだろうし…」
「え?井田。何言って…」
「触りたい…いいか?」
…って。もう手が触れてる。井田の右手が俺の胸を触ってる。
厚着した服の上からだけど…エロい手つきで…。
「…はい。粗末なものですが…」
「粗末じゃない!」
えー怒られた。そして、がっつり揉んできた。
ちょっ、なんでこんなに着込んだ上からなのに、そこを確実に当てる?
「…ここ、乳首?」
「…そうです」
「すごく、触りたかった。俺が最初に触りたかった」
「ごめん…」
至近距離にお互いの顔。
秋が過ぎて、冬になって。キスにも慣れてきた。
自然と唇を合わせることができる。
「…チョコは簡単なものでいいから」
今までの俺の悩みを見透かしていたような言葉。
でも、欲しいって思ってくれてるんだ。渡してもいいんだ…。
「うん。俺、勉強頑張る。井田とずっと一緒に居たいから」
もう一度キス。
名残惜しかったけど、ちゃんと離れた。
井田も拗ねた顔をしている。求めてもらえて、しかも我慢してくれていて。
それが伝わってくるから、すごくうれしい。大好き。だからがんばる。
帰り道。「出がけに親に言われてなかったら、連れ込んでた」…って公園のトイレの前で言われた。
井田のお母さん。何を言ったんだろう?
◇
「ごめんね青木君。私も少しいい?」
昼休み。橋下さんがチョコをくれて、それを食べていたら胸を触られた。
女子に…こんな可愛い女子に…教室で。
「青木君の胸…本当だ…すごい」
橋下さんの隣にはあっくん。「だろー?」なんて言っているけれど、左の頬にはくっきりと手形が残っている。痛そう。でも、しょうがない。俺も殴られるかと思ったけど、セーフだった。
「…勘弁して。女子でも駄目だ」
いつの間にか井田が後ろに居て、橋下さんの手から俺を引き離した。
「あ、井田君。ごめんね。でも…青木君の胸、すごい。ずっと触っていたいかも」
ぬいぐるみか何かのように言う。橋下さん…俺、あなたのことが好きだったので、そういうこと言われると。ちょっと。変な気分に…。
「青木、上行くぞ」
「あ、ちょっと待って。橋下さん、チョコありがとう!ホワイトデー楽しみにしてて」
完全に不機嫌の井田の後を追って屋上…手前の階段で立ち止まる。
元より受験シーズン。私学志望者が登校していない分、3年のエリアは人気が少ない。
だから、こんなところ。俺たち以外、誰も来ない。
隣に腰かける。教室より密着して。
まだ拗ねた顔。ごめん。喜んでしまってごめん。
「はい。これチョコレート」
そう言って四角い箱を井田の頬にあてる。ちょっと痛いだろ?去年の仕返しだ。
結局、板チョコにした。本当はこれを溶かして、俺の思いの丈を全部詰めてやるつもりだった。
でも、それは来年以降にしよう。簡単な物でいいって言われたし。今は受験優先だ。
「…定番のチョコレートシロップを裸の俺に好きにかけて♡を期待してたのに…」
がっかりが顔に出る井田。定番ってどこの定番だよ…。
というか、簡単なものでいいって、そういうことだったの?
「は…裸は…受験が全部終わるまで、待って…」
そもそもどこで見せるのかって話だし。今日も塾だし。
井田の部屋には、盛り上がっちゃうから行かないようにしてるし。
物理的に、受験終るまでは難しい話だし…。
「…誕生日。俺の誕生日にな」
「…いや、それだとまだ合格発表前…」
そう抗議しようとすると、ふわっと抱きしめられて、耳元で囁かれた。
「それ以上は待てない。誕生日に青木の全部がほしい」
色っぽい声で囁くから、顔が熱い。
動悸がすごくて、どうしようもないのに。チュって、キスもしてきた。
「全部って…それって…」
そう、口をパクパクさせていると
「言わないと分からない?セックスしたいってこと。青木と」
と、またキスされる。
人は来ない…はず。だけど、すごく背徳で…。
「…わかった。準備しておく…」
キスの合間に、そう約束するのが精いっぱいだった。
顔が熱い。すごく熱い。ああ。受験、がんばろう。
もう恥ずかしくって、いつものパンをいつもより大きく齧る。
井田も顔を真っ赤にして、弁当を食べ始めた。
「やっぱり、これだけじゃ足りないかな…」
弁当を食べ終えて、俺が渡したチョコを齧りながら、井田が言う。
量が足りない…訳ではないだろう。やたら、人の体をジロジロと見てくるし。
付き合ってるんだし、恋人の体には興味があるのは当然のこと。俺だって、すごく井田のに興味がある。
望まれているなら、お応えしたい。
…でも、ここで脱ぐというわけにもいかないし。
「…最近、俺のこと好きって言ってくれていない」
シャツのボタンを開けるから、そこから覗いてもらおうか…なんて頭の悪いことを思っていたら、恋人が拗ねていた。かわいい。俺の恋人は、すごくかわいい。
井田の手にある、慣れ親しんだ包み紙をお借りする。
パキッと折ってひとかけら。口に咥えて、それから恋人の唇に運ぶ。
彼の口内に甘いものを送り込む。それから…
「愛してるよ。浩介」
自分で言っておきながら、顔が火を吹きそうに熱い。
恋人の顔も真っ赤。
恥ずかしくて俯いてると「想太、俺も愛してる」って彼で溶けたチョコをくれた。
唇が甘くて、甘くて。夢中でチョコを食べあった。
授業開始の予鈴、それが鳴り終わっても。
全部のチョコレートが溶けるまで。離れられなかった。
→もどる